Sunset Road
Sunset Road (after the song ‘Kono Michi (This Road)’, lyrics by Hakushu Kitahara, 1926) by Uda Tamaki, transla […]
『山の神さま』原田恵名(『山の神さま』(岐阜県恵那市山岡町))
小さな村の人々は、貧しさはあれど幸せだった。 この村では、皆が平等に貧しかったから助け合い、お互いを思いやって生きてきたのだ。 豊かな山に囲まれているおかげで、キノコや木の実、時には獣など山の幸に恵まれた。 村から山への […]
『ナビの恩返し』戎屋東(『鶴の恩返し』(全国))
明日は、滅多に廻ってくることがない資源ごみ回収の当番になっていた。それなのに、 「ええー、明日出張って冗談だろ、紬」 「私は仕事です。頑張ってね、翔くん。何年も住んでいるんだから、やる事ぐらい分かっているわよね」 紬 […]
『舌を切る』本間海鳴(『舌切り雀』)
十九歳、夏。イヤホンで遮っているのは蝉の声ではなく、後ろにあるデカいコインゲームのBGMと、そのコインゲームに興じているおじさんの舌打ちだ。いい歳して、毎日毎日コインゲームなんかやって、人生楽しいんだろうか。まあ、毎日毎 […]
『優しい鬼たち』川瀬えいみ(『節分の鬼』(岩手県))
幸せの絶頂にある時、人は、今が自分の幸せの絶頂の時だと気付いていないことが多い。 半月前の田高ミユキがそうだった。 夫との間に子どもができたことがわかり、二人して大喜び。二人が高校卒業まで入所していた児童養護施設に […]
『燃えかす』太田早耶(『夏目漱石「夢十夜 第一夜」/花咲か爺さん』)
急に現われた言葉は、そのまま視界に留まったくせに、何ひとつ伝えなかった。携帯の画面が暗くなるまで文字の羅列はそこにあったが、結局は跡形もなく消えた。俺は小さく息を吐いて、頭を振った。泥が蓄積しているように脳みそが重かった […]
『天の羽衣』五香水貴(『天の羽衣』)
更衣室に設置された木製のすのこは湿り気を帯びていて、靴下のまま上がると、綿がじわじわと水分を吸収していくのを感じた。剥き出しのコンクリートに脱ぎ捨てられたスニーカーに足を戻そうかと逡巡するも、暑苦しい男共の群れの中から […]
『イマージナリー・エネミー』平大典(『撰集抄』(和歌山県))
〈アサコ、調子はどう?〉 自宅マンションのデスク上に三次元ホログラムで再現された小人サイズの【わたし】が質問してくる。 白のカットソーに、ストレートのデニムパンツというラフな服装だ。実在のわたしも、大学へはいつも似た […]
『27の香水』Rin(『とおりゃんせ』(福岡))
「おはよ」 「おはよ〜」 寝室の扉を開けると浅煎り珈琲の爽やかな酸味がいっぱいに広がる11畳の部屋。 目の前に輝くはち切れんばかりの厚焼き卵が挟まれたサンドイッチ。 座る前に一口齧ると、隠し味のマスタードが鼻から抜け自然 […]
『僕の前の道』吉岡幸一(『道程(詩)・高村光太郎(著者)』)
まっすぐな一本道の絵を描いている青年がいた。海沿いの道のまん中に腰かけて、朝の早い時間から来た道を見つめながら、一筆一筆キャンバスに絵具をのせていた。 道はやっと人が一人歩けるほどの幅で、細くて舗装されていない。両脇 […]
『さがしもの』そらこい(『天の羽衣』)
ゴールデンウィークが明けの月曜日の夕方。 美浜海斗は友達と別れ、住宅街を歩きながら家に帰っていた。 その途中、通りがかった公園で地べたに膝をついて何かを探している女の子を見かけた。 「あれは……」 背中まで伸びた […]
『羨望の色素性母斑』岩花一丼(『こぶとりじいさん』)
俺の鼻の下には一円玉くらいのホクロがある。幼少期にはまだ黒胡麻くらいの大きさで全く気にならなかったが、徐々に大きくなってきていた。小学五年生のある日、隣のクラスのさほど面識もない岡田という奴に「鼻くそついてるよ」とニヤ […]
『竜宮城より遙かに』美野哲郎(『浦島太郎』)
『竜宮城より遙かに』 京都名物といえば愚鈍なカメだ。授業中もすぐに肩や首をカクカク鳴らし落ち着きがない。では落ち着きがなくすばしっこいのかと言えば体育の時間は何やらせてもダメ。短距離走もリレーもビリだし、なわとびは二重 […]
『竜神と機織り姫』わがねいこ(『草枕、竜王権現の滝、機織の滝、二本杉』(静岡県浜松市天竜区佐久間町))
そこは勢いよく流れる水から出る音と風が体を包み込む、というよりは何かに巻き込まれるような荘厳で畏れ多い空気が流れる場所であった。 「こりゃ本当に竜でも住んでそうだな。」 トオルは古いカメラを手に取り、その風景を収めよう […]
『熊野武蔵流、顧客の増やし方』メイン&フレイザー(『牛若丸』(京都))
六月中旬の夜。二メートルを超える屈強な大男が、五条大橋の真ん中で腕を組んで仁王立ちしている。白いタンクトップから突き出す腕はまるで鉄骨。短パンから伸びる太ももは樹木に似ていた。橋の下では、多くのカップルが身を寄せ合い、 […]
『なのに、俺は』ウダ・タマキ(『幸福』)
「ふっ、はっ、よっと」 白とグレーのタイルが不規則に並ぶ歩道を整わないステップで進む。足が絡みそうな小さな一歩と跳ねるような大きな一歩で白いタイルだけを踏み、グレーに落ちればたちまち燃え尽きてしまう、なんてことを博人は […]
『シャボンの姉』辻川圭(『シャボン玉』)
千草が飛んだ。 屋根まで飛んだ。 屋根まで飛んで、壊れて消えた。 十一年前の夏、私と姉の千草に生まれて初めての夏休みが訪れた。私達は双子だった。 夏休みのほとんどを、私たちはある場所で過ごしていた。それは私達以 […]
『蜘蛛の意図』結城熊雄(『蜘蛛の糸』)
性根の腐ったお釈迦様とは違い、神田太一は純粋な男だった。良い奴にはどこまでも味方し力になる。悪い奴は徹底的に懲らしめ打ち倒す。単純だった。言い換えれば馬鹿と形容してもいい。 たとえば生活に困っている友人には自分のこと […]
『真夏の浦島奇譚』小杉友太(『浦島太郎(御伽草子)』)
変な爺さんがいる、と聞いたのは薄曇りの蒸し暑い午後のことだった。鉄板にこびりついた焦げかすをヘラで落としていた私に、怯えた表情で教えに来たのは一緒に働いているバイト仲間のユリである。ユリは私のエプロンの端をつまみ、なん […]
『ほら吹きの詩』辻川圭(『君死に給うこと勿れ』)
「恥の多い生涯を送ってきました」 廃墟ビルの屋上で、僕はそう呟いた。 それから少し俯きながら、ゆっくり足を前に進めた。前方には錆び付いたフェンスが見えた。僕はフェンスに両肘を置き、そっと下を覗き込んだ。廃墟ビルの真 […]
『a step ahead』奥田あかね(『鉢かづき姫』)
賢治は、手元の五十音表を幾分か持て余しながら、その人物が来るのを待っていた。 「今お連れしますからね。こちらから担当サポーターをご紹介できるのは今回が最後になりますので、くれぐれもそのおつもりで。」 「分かっているよ。 […]
『キズをおって』森本航(『飯野山と青ノ山の喧嘩』(香川県))
小さい頃、私と泉を指して「飯野山と青ノ山みたいやな」と言われたことがある。 私たちの町の、南北にある二つの山。 飯野山は、標高400メートルちょっと。頂上付近の東側が少し窪んでるものの、絵に描いたような綺麗な三角形 […]
『チェロの糸』伊藤東京(『蜘蛛の糸』(芥川龍之介))
拍手の音が会場に響き、舞台の上、眩しい照明の中で父と母と兄がそれぞれ手を取り合ってお辞儀をした。私は暗い観客席から、私抜きの家族の笑顔をただ眺めていた。 幕が下りた後に控え室を訪ねると、両親も兄も使った楽器を楽器ケー […]
『伊勢志摩の人魚』伊藤東京(『人魚姫』)
鼓動が聞こえる。全ての生命の源である海の中で、私は膝を抱えて丸くなりながら浮いていた。波が寄せる度に近くの岩場で波が崩れるのが伝わって、まるで母体の鼓動を聞いている胎児のような気分だ。 目を開けると、楕円形の水中眼鏡 […]
『波と波の間』村上ノエミ(『人魚塚』(新潟県上後市))
不可思議な出来事は、日常のほんの歪みに現れる。けれども、その不可思議も、一度身に起きてしまえば、私の日常と成っていく。 私はその日も、日本海に溶けゆく夕陽を見届け、灯籠を灯しにお宮へ出向いた。何かが違っていただろうか […]
『雪路の果てに』春比乃霞(『こんな晩、雪女、座敷わらし』(日本各地(こんな晩、雪女)、岩手県など(座敷わらし))
「こんな晩だったな、お前に殺されたのは」 それまで一言も口をきかなかった少年が、父親に言い放った最初の言葉だった。 雪の積もった真夜中、満月の下で父親は愕然とする。我が子の顔は、かつて殺した旅人の顔そのものだった。 […]
『蜜柑伯父さん』吉岡幸一(『こぶとりじいさん』)
我が家は蜜柑に困ることがありませんでした。それは家が蜜柑農家をしているといった理由ではありません。農家ではありませんし、庭に蜜柑の木も植えていません。大量に購入しているわけでもありません。 我が家で居候をしている伯父 […]
『揺れ、そして凪ぐ』リンゴの木(『竹取物語』)
ジリリリリ、ベルが鳴った。布団を蹴り上げ上体を起こし、3回手ぐしで髪をとかすと、よいさっ、と足をカーペットに下ろし、冬の朝の冷たさを体感する。ジリリリリ、けたたましいこの音は、私の頭蓋骨の中で響いて逃げまどっているかのよ […]
『陽菜と陽菜』山崎ゆのひ(『うつくしきもの(清少納言)』)
「あ、まただ」 下駄箱を開けた瞬間、私は舌打ちした。『伊藤陽菜様』と書かれた白い封筒。間違いなくラブレターだ。でも、これは私宛じゃない。100%もう一人の伊藤陽菜、通称『可愛い方』に宛てたもの。癪に障るけど自分は『可愛 […]
『シュレーディンガーのうらしま』さかうえさおり(『浦島太郎』)
「竜宮城発見か」と騒ぐワイドショーを聞くともなしに聞きながら、俺は部屋の片付けを進めた。 「他国の調査設備かもしれません」「蜃気楼のように消えちゃうんでしょ? どんな技術で……」「調査の結果を待たないと何とも……」 […]