小説

『この反論が終わると君は去ってしまうから』淡ひそか(『天女の羽衣』『雪女』)

 

 

「いや、それおかしいと思う。いやいや、それはちょっと違うんやないか?だってな?『誰かに言ったら』っていうのは、つまるところ他人に秘密をばらしたらあかんよ、っていう話やろ?ばらしてしもた人が、結局はあの時のおまえやった、って言うんやったら別に言うてもよくない?秘密は結局のところ他人にはバレてないんやし。だいたいな、あんとき俺は俺のオヤジ殺されてんねんで?隣でオヤジが冷たあなっていくのんを見ながら、ああ、俺も死ぬんかな、って思うてドーテンしてた時になんか言われてたん、なんとなく覚えてたけど、今の今まではっきりとは覚えてなかったわ。ぼんやり、この事は誰にも言うたら行かん事やなあ、って思ってたんはそれでか、ってガテンがいったわ。いま、お前に言われてようやく思い出したわ。でもな、お前になら言える、って思うたんは、モチロンお前を信頼してたからやし、身内やとおもってるからやし、他人じゃなくてお前になら言えるって思えたんは、それは、誰かに言った事にはならん、ってムイシキに思てたからやと思うねん。だから、それだけ俺はお前のことを、一緒に暮らし始めたころから信頼してたからやし、だいたい、お前があん時の女やって、気づかないまんまこれだけ年月が経ってんねんから、俺のうかつさ加減も分かってるやろ?うんうん、そうや、確かにお前は『このことを誰かに言ったらお前を殺す。』って言うてたな、言うてたけど、確かに今思い出したけど、おれ、返事したか?返事はようせえへんかったと思うねん。だって俺も寒かったからな。歯の根が合ってなかったから、返事出来ひんかったはずやし。うなずいてたかどうかは覚えてないけど、それも寒すぎて震えてただけかもしれへんやろ?と、いうことは、や、俺はその約束を今の今まで全然覚えてなかったし、約束を俺に伝わるように伝えられへんかったお前が悪い、ということも言えるんやないかな?話が伝わってないんは、俺のせいばっかりやあらへんやろ?責任は半々やって。あ、もしかしてお前が俺のオヤジを殺したことを、俺が思い出してしもうたから、そんな女を妻にしとくんは、いくら俺でも無理やろ?ってこと?いや、そんな事は気にせんでもいいんや、だってオヤジはもう年やったし、長患いもしてたし、あの時に死なんかったとしてもそんなに老い先長くなかったと思うわ。そんでな、そもそもお前の秘密がバレてなんか悪い事でもあんの?別にバレてもよくない?なんなら夏とか、みんなに大人気ちゃうか、君。隣近所の人も大喜びしはるやろ?天然クーラーや、ゆうて大人気になるんちゃうか、レリゴ~とか歌ったら、たぶん子供も大喜びやで。そうや、子供や、おまえ、子供のために俺のこと殺さんって今さっきいうたな?それはええねんけど、でもお前がいなくなったら結局俺はめっちゃ大変になるしめっちゃ困る。お前が今までやってくれてたこと全部俺一人でやらんといかんのやろ?それははっきりゆうて無茶やで。だって二人おっても、子供十人も育てていくのんだいぶ辛かったやん?お前は働きもんやったし、上手に子育てしてたけど。あんな可愛い盛りの子供ら置いてドコ行くねん?え?秘密がばれたらここには居られなくなる理由がわからんわ。俺がマタギの仕事やめて、もっと稼げる仕事についたとしても、結局誰かに手伝ってもらわんとあかんようになると思うから、再婚も考えんと…あ、あ、あ、いまちょっと嫉妬した??いやいや、嫉妬したやろう?したよな?そういえばな、俺もお前に秘密があんねん、いや、そんなに大した秘密やないねんけど、俺な、お前と結婚する前に違う女と結婚しててん。いやいや、あのーごめん、俺のこと殺しそうな目で見んといて?怒った?ごめん、ごめんて。殺さんといて?俺を殺したら、結局お前が子供らの面倒みなアカンねんで?殺し損やん、な?そこんとこ、よぉ考えて?なんでお前が秘密ばれたらどっか行かなイカんのかもよぉ分からんけど、俺が殺されるのもわけわからんで?え、どんな女やったかって?えーっとな、あんまり言いたくないねんけどな、いや、わかった、わかったから、殺気出さんといて?あのな…あの、俺のこと、最低な男や、って思ってまうかもしれんけどな、あの…山ン中にな、キレイな、水が湧いてる場所があんねん。泉、っていうんか、その泉の近くの木の枝に、ある日、きれいな布がかかっててん。キラッキラしててな、思わずパクッてしもてん。あ、あ、今最低な奴、って目でみた?いやでもな、ほんまにこの世の物とは思われへんかった。そりゃそうや、ほんまにこの世の物やなかってんから。え、どういうこと?って?ちょっとまって、順番に話していくから。そのきれいな布、ものすごいキラキラしたんをつい懐に入れた後で気づいたんやけどな、泉で誰か水浴びしててん。それもやっぱりこの世のもんとはおもわれへんぐらい、きれいな女で…あ、ちょっとまって、もう少しだけ我慢して聞いて?まあ、ものすごい美女が水浴びしてたからな、つい見とれてたら、なんでか知らんけどしくしく泣き始めてしもてな、つい、どうしたんですか、って声をかけてしまったんや。そしたら、『羽衣がなくなったので、天に帰れなくなりました』ってまた泣くねん。お困りやったら、家に来ますか?っていうて家に連れて帰って、まあ、ものすごい美女やから座敷に座ってるだけでも、後光が、こう、ペカーーって射してるみたいでな、なんかこっちが照れて汗かいてきたから、手拭いで汗でも拭こうかおもて懐に手やって、それでやっと思い出したんや、あ、さっきパクったこの布、これ、羽衣やんって。え?うかつにも程がある?どんだけボケてんねんって?しょうがないやん、ほんまのことやねんもん。そんでな、さっさと白状して、『私が羽衣パクって持ってました、いやいやすんません。』って言えれば良かったんやけどな…このものすごい美女に軽蔑されるンが…嫌でな…なかなか言い出せなかったんや。そうして羽衣を返すのを先延ばしにしまくった結果、俺はその美女と夫婦になったんや。え?いきなり話が飛んだ?いやいや、別にそこを詳しく話さんでもいいやん?そんなあれやこれやは、お前も別に知りたないやろうし。そんでな、羽衣は厳重に包んで梁の上に隠しておいたんや。そやのにな、ある日、やっぱり見つかってしもうたんや。大掃除してたときに、はたきで落としてしもてな、俺が。うかつにも程があるよな。それなに?って言われて俺もすっかり忘れてて、さあなんやったろう?って答えたら、あいつが包みをほどき始めて、その時、あ、って思いだしたけどもう遅かった。キラッキラの羽衣が転がり出てきて、ああ、そん時のあいつの顔ったら…ニコーってとびきりの笑顔で羽衣ひっかぶってそのまま飛んでいってしもうた。止めるヒマもなかったわ。俺は、今でもあのものすごいきれいな笑顔を夢に見て、うなされることあんねん。あれは、俺のことなんか何とも思ってない笑顔やった。わかってるで?俺が悪かったんはわかってんねんけどな、でもな、さっき話さんかったあれやこれやの中に、少しは俺と…俺の…俺との…思い出っちゅうか、絆っちゅうか、なんか、捨てられへんもんがあったとおもうのに、そんなん、まるで無かったように、あっ、ちゅう間もなく飛んで行ってしもてん。ひとこと恨みとか嫌味とか、そんなことを言うてくれたら、まだ俺も弁明とか、引き留める言葉を言えたやろうに。だからな、俺は今日は引き下がるつもりは無いねんで。今回はあんまり俺が悪いとも思えへん、っちゅうことを、や、もっと沢山言うていくで。だからな、話を元に戻すと、や、そもそも、お前のことを信頼してるから、秘密やった事を言うてしまったんやし、その信頼は、こんだけ長い間一緒におったから出来上がったもんやし、さっき言わんかった天女とのあれやこれやと同じことが、俺たちのあいだにもあったやろ?だから、だから…必要やったら謝るから…お願いや、これからも一緒におってくれ…俺もおやじを殺された事誰にも言わんし、お前の秘密も、お前以外には誰も言わんから…お願いや…お願い…なんでや、なんでお前があんときの雪女やねん…」