『とある求婚難題譚』川瀬えいみ(『竹取物語』)
「坂本さんには、私よりふさわしい人がいますよ」 彼女にそう言われるのは、三度目だった。つまり、僕は彼女に三回交際を申し込んで、三回振られたことになる。 彼女の名は、月城葉月。三十歳。バツイチ。最初の結婚は二十 […]
『アマエビください!』粟生深泥(『アマビエのお話』)
「アマエビください!」 スーパーでのバイト中、お菓子売り場の棚に品を並べていると足元からそんな声が聞こえてきた。見ると、7、8歳くらいの小さな女の子が僕を見上げている。 両耳の辺りでぴょこんと小さく揺れるおさ […]
『未来老人』関根一輝(『かぐや姫』)
「ブリコラージュだよ、ブリコラージュ」 家に帰ると居間に見知らぬ老人がいて、その老人を指さして優太が言った。ブリコラージュとは十歳になる息子のマイブームだ。 ブリコラージュと最初に言い出したのは、半年ほど前に […]
『灯油売りと少女』宮沢早紀(『月の砂漠』)
五限目の授業が半分ほど終わった頃、どこからともなくあのメロディが聞こえてきて、ゆっくりと走行する車体が見えるわけでもないのに、涼の視線は自然と外に向いた。 寒くなってくると、どこからともなくやってくる灯油販売 […]
『摩周のえくぼ』難波繁之(アイヌの民話『島になったおばあさん』)
悠久の昔、北海道の奥深くに広がる美しい山々と青い湖に囲まれたアイヌのコタン(村)がありました。この村は、人々が自然界と共に暮らし、大自然の恵みに感謝し、その神秘に畏敬の念を抱いていました。そして、この村に住む若 […]
『なんで?』真銅ひろし(『桃太郎』)
月一回の会議。 男女平等の波はここまできたか、と感じる。 「今年の出し物である“桃太郎”は女の子でやるべきかなと思います。」 言い出したのは主任の美智子先生だ。 「でも、毎回桃太郎は人数の関係で女の子もやってま […]
『おめでたくない人々』裏木戸夕暮(『おめでたき人』武者小路実篤)
カウンターの男がハァとため息をついた。 「どうしました。先程までご機嫌でしたのに」 バーテンが声を掛ける。 男はふっと顔の緊張を解いて笑った。 「そう見えたかい?半分は虚勢だよ。お代わり。薄めにね」 氷がだい […]
『笛吹幽霊』春日野霞(『笛吹川』)
残暑というには暑すぎる、9月のことだった。 360度を峻険な山に囲まれた、甲府盆地。笛吹川の近くに、異国のごとくぶどう畑が連なる場所があった。 「ごめんくださーい」 ぶどう畑の隣、古い家の軒先で、中学生がインタ […]
『初恋玉手箱』松本侑子(『浦島太郎』)
「終わりがないっていうのも、疲れるよね。」 「終わりですか?」 太一の独り言に、返事があった。太一は驚いて椅子に足をぶつける。大きな音を立てて、椅子が床に倒れた。 店のドアを開けて、女の子が中を覗いていた。見た […]
『衝動』さくらぎこう(『誰も知らぬ』)
ドクドクと心臓の音がする。 「ごめん、ほんとに悪かった!」 目の前にいる夫は平身低頭だ。もう2度としないと懇願している。浮気が発覚したのは初めてだがこれほど狼狽えている夫を見たのも初めてだった。浮気相手は私の良く […]
『酒は飲むべし飲むべからず』太田純平(『呑仙士』)
ある朝、目が醒めると、知らない男と裸で抱き合っていた。ズンとみぞおちに氷の棒でも通るような恐怖を覚えながら、南出秀一の脳裏はこの男を検索にかけた。「金髪、三十歳くらい、色白、顔は整っている」――しかし誰もヒットしな […]
『醜くなかったアヒルの子』五条紀夫(『みにくいアヒルの子』)
デンマークの首都コペンハーゲンの外れにある草木に囲まれた大きなお屋敷。僕は、そのお屋敷の庭園で生まれた。イタドリの葉が茂る庭園はまるで森の中のようで、人目に触れない場所がいくつもある。そのうちの一つに、僕たちの棲み […]
『ばか』山本静夫(『イワンのばか』トルストイ『裸の王様』)
ある国の裕福な農民の家に三人の兄弟がいました。 長男のイチェロは若い頃に仕官し、今は立派な将校として女王陛下から賜った勲章を胸にキラキラさせていました。 次男のジランは商才を発揮し、都で商人として毎日美味しいも […]
『最後の齋藤』山本(『かぐや姫』)
駅前の坂を上り、Y字路を右へ行く。三人が初詣から戻ってくる。 桜の木の角を曲がる。真っ直ぐ伸びる路地の途中に人だかりが見えた。家の前はすっかり報道陣で埋め尽くされているようだ。カメラがいっせいに樹里江を向く。 「 […]
『女神見習いは愛を知る』清水恋生(『金の斧銀の斧』)
太陽の光を受けて、眩しく輝く湖。 その周りにいくつか立っている木の一つを切っている、一人の少年がいた。頭には日よけなのか茶色い帽子をかぶっていて、あまりいいとは言えない服を身にまとっている。その少年は熱心に木を切って […]
『県営球場の三遊間』斉藤千(『藪の中』)
三塁手の物語 そうです。たしかにあの日は晴れていたけど、眩しくてボールが追えなくなるほどではありませんでした。現に俺は落下点に入ろうとしましたから。 一点リードで迎えた九回裏2アウト満塁。あの試合で、という […]
『だいだらぼっちの色鉛筆』骨谷そら(『民話だいだらぼっち』)
高層マンションで暮らせることになったと思ったら、だいだらぼっちが中庭へやって来た。中庭は庭師によって完璧に手入れされ、季節の花が咲き誇り、座る人の視線が交差しないように配慮してベンチが置かれている。ロビーには金盤の案内 […]
『ネバーランド屋台』柿ノ木コジロー(『ピーターパン』)
あまり酔った感じもなかったのだが、祐也は気が付いたら、大きな一本杉の木の元、知らない場所にいた。 いつもの駅からはかなり遠そうだ、駅どころか、商店街も、民家さえも姿を消している。 ただ、まっすぐに続くのは踏み固めら […]
『長い道』川瀬えいみ(『万葉集3724番』)
母が家を出ていったのは、アブラゼミに代わってヒグラシが鈴虫と共に夕方の合唱を始める頃。私が五歳になったばかりの夏の終わりだった。理由は知らない。 背は高いが痩せっぽちの父は、声を荒げる術も知らないような穏やかな性質。 […]
『紫煙の向こう』霜月透子(『浦島太郎』)
繁華街の路地裏はビルの谷間になっていて、昼間でも薄暗い。 祐介は壁に寄りかかり、咥え煙草でスマホを眺めていた。スマホには次の仕事の連絡が入っていた。この町で待機して指示を待て、とのことで時間を潰している。 表通りか […]
『推しの姫君』まなお(『白雪姫』)
「やっぱり、可愛すぎるわ……」 崖の上にそびえる、美しくも威厳に満ちた城の中。 その城内でもさらに高い位置にある部屋で鏡を見つめながら、お妃はため息をこぼしました。 傍から見るとナルシシズム全開の痛々しい人に見えますが、 […]
『隣人のさくら』柊きりこ(『はなさかじいさん』)
稲穂がさわさわと風に揺れる音がする。重そうに垂れた穂先を眺めながら、今日の農作業の段取りを考えていると、隣の家の玄関が開く音がした。私はそちらを見ないようにしてそそくさと自宅へ戻った。 住人のほとんどが高齢者の、山間 […]
『ららら』さくらぎこう(『かちかち山』)
「世の中には2種類の人間しかいない。騙すヤツと、騙されるヤツだ」 人間を2種類に分ける有名な言葉で自分の行為を正当化する言葉のテクニックだ。アメリカのレーガン元大統領は2種類の人間を「できる人間と、批判する人間」に分け […]
『花』宮沢早紀(『唱歌「花」』)
凍雲を背景に鮮やかな黄色のロングコートを纏った陶ちゃんが駆けてくる。昨日までの陶ちゃんはネイビーのスーツに身を包み、髪を低い位置でまとめていた。じっと見ていると口の中がすっぱくなるくらいのビタミンイエローのコートは暗い […]
『浦島家に伝わる玉手箱の呪い』村木志乃介(『浦島太郎』)
浦島太郎が、助けた亀に連れられて竜宮城で遊び明かした、などと世間には広まっているが、事実は違った。 実際の太郎は、借金を繰り返しては博打を打ち、嫁の待つ家には帰らず、女遊びに浸っていた。やがて借金取りに追われ、家に帰 […]
『ドラマチック』森真理(『美女と野獣』)
「投票の結果、『美女と野獣』をやりたいと思います。」 配役が進む最中、いじわるな声がした。 「野獣はお面を被るだけってつまらなくないかしら?」 「そうよ。顔が見えないなんてもったいない。」 口裏を合わせたかのように次 […]
『あの角を曲がって』裏木戸夕暮(エドモン・ロスタン『シラノ・ド・ベルジュラック』)
ベッドの傍のテーブルに封筒と500円玉。僕は500円玉をポケットに入れ「じゃあおばあちゃん、出してくるね」 と封筒を鷲掴みにする。返事はない。おばあちゃんの鼻の下には透明のチューブが貼り付けてあって、おばあちゃんはチュ […]
『人魚玉』洗い熊Q(『金魚撩乱』)
青々とした新葉の上を滑る露。弾ける様に葉から地面へと落ちる玉露は何よりも純水で透き通っている。 今、その瞬間にだけ生まれるはずの玉露が目の前にある。 両手で掬い上げる程の大きさの。 本当はそれは水滴じゃないが。そ […]
『憂鬱な妊婦』梅春(『七夕女房』)
狩人は、天人の娘から飛び衣を奪い、天に帰れなくしてから、自らの妻とする。しかし、天人の娘は、自らの飛び衣を隠していたのが夫となった狩人だと知り、天上界に戻る。狩人は娘を追って、天上界に向かうが・・・(徳島県の民話、七夕 […]
『破願』桜井かな(『鼻』)
「お師匠の鼻が、元に戻ったぞ」 紫陽花ほころぶ庭園で、怒気を滲ませながら、報告してきたのは兄弟子の一人だった。 見習い者の私は、木の枝を持って、気の弱い野犬を追いまわしていたが、急に面白くなくなってぴたりと立ちどまっ […]