小説

『なんで?』真銅ひろし(『桃太郎』)

 

 月一回の会議。

 男女平等の波はここまできたか、と感じる。

「今年の出し物である“桃太郎”は女の子でやるべきかなと思います。」

 言い出したのは主任の美智子先生だ。

「でも、毎回桃太郎は人数の関係で女の子もやってますよ。」

 職員から疑問の声が上がる。

「そうではなくてタイトルの“桃太郎”から変えたいんです。」

「・・・。」

 突然の提案にみんな黙るが、美智子先生は続ける。

「以前は桃太郎を1人がやるのはおかしいから、希望者全員にやって貰う事で保護者の皆さんには納得して頂いていました。けど、それもどうなのかと最近思い始めたんです。」

「それは、美智子先生が、ですか?」

 恐る恐る園長が確認する。

「そうです。」

「それじゃあ、どうしたいんでしょうか?」

「“桃姫”に変えてはどうでしょうか?」

 この発言に職員の1人が鼻で笑う。新卒の直美先生だ。

「あ、すみません。別に可笑しかったわけではないんですが、あまりにも予想外だったので。すみません。」

「いえ、変に思うのは当たり前です。私も始めはおかしな事だと思いました。」

「・・・。」

「ただ、この前女の子の園児の1人が「なんで桃太郎は男の子なの?」と聞かれました。「それは物語だからそう決まっている事なの。」と言ったんですが、「なんで?」と返されました。結局何を言っても「なんで?」と返されるので、その園児に「どうしたいの?」と聞いたら「私だって鬼退治出来るもん」と。そして「桃姫だっていいじゃん!」と。まぁ、言われてみればそうかなと思ったので提案してみました。」

 一同黙る。何て言っていいか分からない状態。すると私の隣の男の先生、和希先生が資料の端に“なんでそうなるの~?”と書いてこちらに見せてきた。彼は私と同じ位の中堅の先生。顔はまぁまぁイケメンな方だ。

「ぐっ。」

 私は思わず吹き出しそうになるのを堪える。

「何をちょこちょこやってるんですか?」

 案の定美智子先生の矛先がこちらに向いた。

「いや、別にそれでも問題はないかと思うんですが、そしたら今度の出し物は“かぐや姫”でもいいんじゃないですか?」

 とっさの和希先生の言葉に他の先生たちもそれに納得した空気を出す。

「いや、核の部分はそこじゃありません。男ばかりが戦いに行って強さを誇示するのはおかしいと思うんです。題材を変えるだけなら“かぐや太郎”でも良いと言う事にはなりませんか?それでは園児は納得しないと思いますけど。」

 硬い。明らかに考えすぎなのではと思ってしまった。園児はそこまで深くは考えていないんじゃないだろうか。

「少し突拍子もない提案ですが、男女平等、多様性を求められる時代でもあります。ここで一度きちんと我が幼稚園でもその事について深く考えてもいいんじゃないでしょうか?」

 なんだか演説のような言い回し。

 めんどくさそうな匂いのする案件だけれど、主任である美智子先生の提案を無下にするわけにはいかない。

「・・・そうですね。考えてもいいかもしれませんね。他の先生はどうでしょうか?」

「・・・。」

 園長先生の問いに誰も何も言わない。

「琴美先生はどう思われますか?」

「え!私?」

 いきなり名指しされてしまった。きっと一番言いやすいと思われている。この中だと中堅だし、あまり否定しないし、押しに弱いし、流されやすいし・・・とにかく何か言わなければ。

「あ、あの、他の動物たちはどうなるんでしょう?」

「は?」

「桃太郎バージョンは犬、猿、キジですけど、桃姫バージョンはどうなのかなって思って。」

「そうですね。言われてみれば。」

 美智子先生が妙に納得してしまっている。

 我ながら余計な事を言ってしまった。「いいんじゃないでしょうか」とかなんとか適当に言っとけばよかったのについ口が滑ってしまった。

「じゃあ、今度園児にアンケートを取ってみましょうか?そしたら何か現代風の面白いアイデアが出るかもしれませんね。」

 何故だか美智子先生は張り切ってしまった。園長も他の先生も誰もそれに反発することは出来ず、今度の会議までに各自物語のアイデアとアンケートを取ることになってしまった。


 一週間後。

 会議。

私の不用意な発言で他の先生方から若干迷惑な顔をされる一週間は辛くてしょうがなかった。

「では先週出た、え~、桃姫、の事について先に話し合っていこうと思います。」

 園長が言いづらそうに「桃姫」を口にする。

 それはそうだ。誰もしっくりなんかきていないんだから。

「美智子先生、どうでしょうか。」

「はい。」

 美智子先生はスッと立ち上がる。大した話し合いじゃないと思うのに立ち方が無駄にカッコいい感じがする。

「まず、園児にお供の動物は何が良いか意見を聞いたんですが、色々出ました。ちょっと読み上げますね。」

 そう言って手元のノートを広げる。

「カバ、ライオン、ゾウ、キリン、孔雀、ペンギン、蜂、チーター、多かったのはこんな感じですね。」

 一瞬静かな時間が流れる。

 それはそうだ、リアクションに困るラインナップだ。

「まぁ、強そうなのをあげるのはもっともですよね。私はどれも良いなと感じますが、美智子先生はどれが良いと思いますか?」

 と園長が聞く。すると美智子先生が、

「その前に、他先生方の意見も聞いてみたいですね。」

 と答えた。

「・・・。」

 たぶん園長は美智子先生の思い通りにやってほしかったのだと思うが、美智子先生はそれを軽くいなした。

「琴美先生はどうですか?」

 美智子先生の視線がキッと私に向けられる。

何故私?注目が集まる。

「えっと、どうでしょうか。私も少し園児たちに聞いてみたりしたんですが、美智子先生と同じような感じでした。」

「そうですか。それじゃあ内容の方はどうでしょう?何か良いアイデアは出ましたでしょうか?」

「あの・・・提案しておいて言いにくいんですが、お供の動物たちは変えなくてもいいかなぁと思うんですが。」

「何故ですか?」

「それは、あの、あまり変えすぎてしまうと何の物語か分からなくなってしまうんじゃないかと思うんです。」

「でも、桃姫ならではのストーリーがあっても良いんじゃないですか?」

「はぁ、それは、まぁ、そういうのもあると思うんですが・・・。」

「ですが?なんでしょうか?」

何故だか美智子先生は食い下がる。

「あ、いえ、特に何もないです。すみません。」

 美智子先生は咳払いを一つする。

「あの、謝られても困ります。私はですね、普段あまりしない話題なので、これを良い機会にしてはどうかと思ってるんです。」

 怖い。なんだか詰められている気がする。

「じゃあ美智子先生は?どんな物語が良いと思いますか?」

 と、園長がフォローに入る。

「私ですか?私はですね、女性なら武力ではなく会話で鬼と決着をつけるのではないかと思います。ちょっと概要を書いてきたのでお読みください。」 

 待ってましたとばかりに美智子先生は、手元にある資料をサッと配り始めた。

 みんな圧倒されて言葉が出なかった。

“なんでこんな事になっちゃうの~”

 隣の和希先生がまた紙の端っこに書いて見せてきた。

「・・・。」

 笑えない。もう終わってほしい。

「資料を見てもらえればお分かりになると思いますが、話し合いには行きますが、やはり鬼に舐められてはいけないので、お供にはライオンとワシとサルを連れて行きたいと思います。」

「サルは変えないんですね。」

 園長が疑問をぶつける。

「はい、鬼ヶ島に向かう船にギリギリ乗れるのがこのメンバーだと思います。それにサルは素早く動けますし、使い勝手が良さそうなので。」

 使い勝手・・・思わず突っ込みそうになるが、なんとかこらえる。

「桃姫は鬼と共存共栄の道をお互い模索します。鬼は好きで村を襲っているわけではなく飢餓に苦しみ仕方なく襲っていた、という設定にしようかと思います。そして鬼も穀物の育たない鬼ヶ島を離れ、桃姫の村に来て一緒に生活していく。めでたし、めでたし。で、どうでしょうか。」

「・・・。」

 静寂。

どうでしょうか?と聞かれても困る。良いのか悪いのか判断できない。

「いいんじゃないでしょうか。美智子先生がせっかく考えて来てくれたんですから一度その案で物語を作ってみてはいかかがでしょう。」

 園長は少しの笑顔を見せて美智子先生の意見を受け入れた。

「他の先生はどうでしょうか?」

 園長の言葉に全員が「いいんじゃないですか」と賛同する。

 たぶんみんなこれ以上ややこしくしたくないのだろう。

「じゃあ、美智子先生、今年の出し物は“桃姫”で行きたいと思いますのでお願いできますか?」

「分かりました。琴美先生、お手伝いして貰えますか?」

「え!私ですか?」

「先生の意見でアイデアが膨らんだので、物語の構成を一緒に考えて欲しんです。」

「・・・。」

 全員がジッとこちらを見る。圧が凄い。

「・・・分かりました。」

 耐えられず引き受けてしまった。

「はい、では何かあれば我々もお手伝いしますのでよろしくお願いします。」

 園長の言葉に拍手が起こる。

「・・・。」

“なんで?”

 と思わず資料の端に小さく書き込んだ。