小説

『摩周のえくぼ』難波繁之(アイヌの民話『島になったおばあさん』)

 

 

 悠久の昔、北海道の奥深くに広がる美しい山々と青い湖に囲まれたアイヌのコタン(村)がありました。この村は、人々が自然界と共に暮らし、大自然の恵みに感謝し、その神秘に畏敬の念を抱いていました。そして、この村に住む若者、アシリという名前の青年がいました。

 アシリは心優しく、勤勉な若者でした。彼は毎日、山に登り、湖で魚を捕り、森で木を伐り、大自然から授かるものを大切にしました。彼は自然界の中で自分を見つめ、自然と共に調和して生きていました。その調和の中で、彼は多くのことを学び、大自然との結びつきを強めていました。

 ある秋の日、アシリはカムイヌプリの頂上に登り、そこから見下ろす湖に目を奪われました。その

 湖の水は澄み切っており、その岸辺にはマレウレノンノの美しい花が咲いていました。湖畔の風景はまるで絵画のように美しく、アシリはその美しさに魅了されました。

 アシリは湖畔に住むことを決意し、小さな家を建てました。毎日、湖でチェㇷ゚(魚)を捕り、湖の水を飲み、湖畔の美しい自然を楽しむことが生活の一部となりました。そして、アシリは湖に感謝し、湖ともに生きていくことを決意しました。

 しかし、ある日、湖の女神、ワクカモリがアシリの家を訪れました。ワクカモリは美しい女性の姿で現れ、彼に対して「あなたは私の湖に住んでいますが、湖は私のものです。あなたはここに住んではいけません」と言いました。

 アシリは最初女神を恐れましたが、彼は湖の神秘を愛し、湖を汚さないように心がけていたので、湖の女神に訴えました。「私は湖を汚しません。むしろ、湖の美しさを愛し、感謝しています。どうか私にここに住ませてください。」

 ワクカモリはアシリの誠実な言葉に感銘を受け、彼がこの湖に住むこと許可しました。女神はさらに、「私からあなたへ特別な贈り物があります」と言って、湖から一筋の光が差す場所へと彼を連れて行きました。そこでは、湖底から金色に輝く宝石が現れており、「これらは私が守ってきた秘宝です。あなたはこれらを自由に使っても構いません」と言って女神は微笑みました。

 アシリは驚きと喜びでいっぱいでしたが、勇気を出して女神に言いました「私は宝石よりもあなたと一緒にいることが幸せです」と言って彼女に告白しました。ワクカモリもまたアシリに惹かれており、「では、あなたは私の夫となり、湖の主となってください」と言いました。

 アシリとワクカモリは幸せに暮らしていましたが、ある日、湖に魔物が現れました。魔物は湖の水を汚し、湖の生き物を殺し、湖畔のアイヌの人々を襲いました。魔物は湖の女神であるワクカモリに嫉妬し、彼女の力を奪おうと企んでいたのでした。

 アシリは魔物の悪行に怒り、湖を守るために立ち上がりました。アシリは湖の女神から授かったエムㇱ(刀)を持ち、魔物に挑みました。しかし、魔物は強大で、大きな赤い口から火の玉をアシリに向けて打ち出してきます。アシリは苦戦しました。アシリは何度も傷つき、もう一撃で力尽きるまで追い込まれました。

 そこへ、ワクカモリが駆けつけました。彼女はアシリの肩を抱き「私は湖の女神です。あなたは私の湖を汚し、私の夫を傷つけました。もう許すことはできません」と言って彼女は魔物をじっと睨み、魔法の呪文を呟きました。

 ワクカモリは湖から水を巻き上げ、巨大な波を作り出しました。波は魔物に向かって押し寄せ、魔物を押し流そうとしました。しかし、魔物も負けじと火の玉を吐き出し、波と火の玉がぶつかり合いました。水しぶきと火炎が飛び散り、雷が轟きました。

 アシリはワクカモリの側に立ち、エムㇱから光を放ちました。光は魔物に向かって飛んで行き、魔物の体に穴を開けました。「グワッ!」と魔物は悲鳴を上げ、苦しみました。

 アシリとワクカモリは力を合わせて、魔物にエムㇱの魔法の光で最後の一撃を与えました。魔物は倒れて湖底に沈み、二度と姿を現しませんでした。

 アシリとワクカモリは勝利を喜び合いましたが、その時、湖から奇妙な音が聞こえてきました。湖の水が渦巻き始め、湖畔が揺れ始めました。アシリとワクカモリは驚いて周りを見回しました。すると、彼らは驚くべき光景を目にしました。湖の水が次々と消えていき、その代わりに火山が現れていました。火山は噴火し始め、熱い溶岩が流れ出しました。溶岩は周囲の森や草原を焼き尽くし、湖は赤く燃える地獄となりました。

 アシリとワクカモリは恐怖に震えながらも手を握り合い、「これは何だ? これは何が起こっているのだ?」と叫びました。

 その時、空から声が聞こえてきました。「これは私の仕業だ。私は火山の神アペカムイだ。私はこの地に眠っていたが、あなたたちの戦いで目覚めた。私はこの地に火山を作り出すことで自分の存在を示す。あなたたちは私の力に敬意を払いなさい。」

 アシリとワクカモリはアペカムイに向かって「あなたは私たちの湖を奪い、私たちの故郷を破壊した。あなたに敬意など払いません」と2人は大きな声で言いました。

 アペカムイは2人の言葉に激怒しました。「おまえたちは無礼な者だ。私はおまえたちを許さない。私はおまえたちを火山の中に投げ込む」と言ってアペカムイは2人に手を伸ばしました。

 しかし、その時、枯れ果てた湖から別の声が聞こえてきました。「やめてください。2人は私の子供です。彼らは私の湖を守った者です。彼らに罪はありません」と言って湖の精霊トーコロカムイが現れました。

 トーコロカムイは美しい女性の姿で現れ、アシリとワクカモリのそばに寄り添いました。「私は湖の精霊です。私はこの湖を生み出し、育てました。この湖は私の命です。あなたがこの湖を奪うことは、私を殺すことと同じです」と言ってアペカムイを諭しました。

 アペカムイはトーコロカムイの姿と声に心を動かされました。「あなたは美しい。あなたは優しい。あなたのような素敵な神を私は初めて見ました。私はあなたに心を奪われた」と言って、アペカムイは恋に落ちました。

 アペカムイはトーコロカムイに求婚しました。「あなたと一緒にいたいです。私と結婚してください。私はあなたに火山の力を与えます。私たちはこの地を平和にします」と言った。

 トーコロカムイはアペカムイの言葉に困惑しました。「私はあなたと結婚できません。私は湖と一体です。私は水と火が合わないことを知っています。私たちは違う世界の神です」と言ってトーコロカムイは結婚を断りました。

 アペカムイは結婚を拒絶されて悲しみましたが、彼は諦めませんでした。「では、私があなたに約束します。私はこの地に火山を作ることをやめます。代わりに、この地に新しい湖を作り出します。その湖はあなたが好きなように自由に使っても構いません」と言ってアペカムイは約束しました。

 そして、火山の神は自分の力を使って、新しい湖を作り出しました。その湖は円形で、水面が青く輝き、水深が深く、水温が低く、水質が透明でした。その湖は美しく、神秘的でした。

 アペカムイはその湖をトーコロカムイに贈りました。「これが私からあなたへの贈り物です。これが私からあなたへの愛です。この湖をカムイトー(神の湖:摩周湖)と名付けます。摩周という名前は、アイヌ語で「静かで平和な場所」という意味です」と言って彼は告げました。

 トーコロカムイはアペカムイから摩周湖を受け取りましたが、彼女はまだ心が揺れていました。「私はあなたに感謝します。あなたは私に優しくしてくれました。でも、私はあなたと結婚できません。私はアシリやワクカモリと一緒にいたいです」と言って彼女は涙を流しました。

 アシリとワクカモリもまた、トーコロカムイに抱きつき、「私たちもあなたと一緒にいたいです。私たちはあなたを愛しています。どうか私たちを離さないでください」と言ってしっかりと3人は抱き合いました。

 アペカムイは彼らの姿を見て、悲しみと怒りと嫉妬とが入り混じった感情をむき出しにして「おまえたちは私を裏切った。おまえたちは私の愛を軽んじた。おまえたちは私の敵だ」と言ってアペカムイは叫びました。そして、アペカムイは自分の力を使って、カムイトーに火山灰を降らせ始めました。火山灰は湖の水を汚し、湖の生き物を殺し、湖畔の人々を苦しめました。火山灰はやがて湖全体を覆い、湖の美しさと神秘さを奪いました。

 アシリとワクカモリとトーコロカムイは火山灰に苦しみましたが、彼らは諦めませんでした。「私たちはこの湖を守ります。私たちはこの湖を取り戻します。私たちはこの湖で幸せに暮らします」と言って彼らは心を合わせたのでした。

 そして、彼らは再び力を合わせて、アペカムイに立ち向かいました。彼らは湖から水を巻き上げ、火山灰を吹き飛ばしました。彼らはマレウレノンノから光を放ち、カムイトーの水を浄化しました。彼らはカムイトーから生まれた新しい精霊たちに助けを求め、アペカムイに最後の決戦を挑みました。

 アシリとワクカモリとトーコロカムイとカムイトーの精霊たちは力を合わせて、アペカムイに湖に宿る聖なる光を集め、アペカムイに打ち込んだのです。アペカムイの体はドロドロに溶けて、その骨は粉々に砕けて火山の中に沈み、二度と姿を現しませんでした。

 アシリとワクカモリとトーコロカムイとカムイトーの精霊たちは勝利を喜び合いましたが、その時、カムイトーから奇妙な音が聞こえてきました。カムイトーが揺れ始め、水面が波立ち始めました。アシリとワクカモリとトーコロカムイと摩周湖の精霊たちは驚いて周りを見回しました。

 すると、彼らは驚くべき光景を目にしました。カムイトーから巨大な龍が現れており、「私はカムイトーの龍だ。私はカムイトーの美しさを守る守護神である。カムイトーの神秘と美しさを汚すものは私が罰を与える」。カムイトーの龍は、雲まで届く大きさと太陽まで遮る太い体を持っていました。

 アシリとワクカモリとトーコロカムイとカムイトーの精霊たちはカムイトーの龍の姿と声に恐れおののきましたが、彼らは勇気を持って答えました。「私たちはあなたに敬意を払います。あなたはこの地の守護者です。でも、私たちはあなたに従いません。私たちは自由に生きます」と言って彼らはカムイトーの龍にきっぱりと答えました。

 カムイトーの龍は彼らの言葉に心を揺り動かされました。「あなたたちは勇敢な者だ。私はあなたたちを気に入った。私はあなたたちを許す。私はあなたたちに龍の力を与えます。」と言って、カムイトーの龍はその口から1本の剣を与えた。

 アシリとワクカモリとトーコロカムイとカムイトーの精霊たちはカムイトーの龍に感謝しました。「私たちはあなたに感謝します。あなたは私たちに勇気をくれました。私たちはあなたと共に生きます。私たちはあなたと共にこの地を守ります。その証がこの剣です」と言って、その剣をカムイトーの中心に納めました。それが「摩周湖のえくぼ」といわれるカムイシュ島ができたのです。

 そして、彼らはカムイトーに住み続け、カムイトーを守りました。彼らは湖の水を清らかに保ち、湖の生き物を大切にしました。そのおかげで、カムイトーは再び美しく、神秘的になりました。

 アシリとワクカモリとトーコロカムイとカムイトーの精霊たちは幸せに暮らしましたが、彼らはアイヌの村とも交流しました。彼らは人々に自然界との調和や感謝の心を教え、人々も彼らに友情や尊敬を示しました。そして、アシリとワクカモリの物語は代々語り継がれ、アイヌの文化と生活哲学に深く根付くこととなりました。そして、アイヌの民たちは、自然界との調和を保ち、感謝の念を大切にする生活を大切にし続けました。