小説

『推しの姫君』まなお(『白雪姫』)

「やっぱり、可愛すぎるわ……」

崖の上にそびえる、美しくも威厳に満ちた城の中。

その城内でもさらに高い位置にある部屋で鏡を見つめながら、お妃はため息をこぼしました。

傍から見るとナルシシズム全開の痛々しい人に見えますが、決してそういうわけではありません。鏡を通してお妃が見ているのは、いまだ距離感がわからない継娘です。

見られているとはつゆ知らず、継娘。もとい白雪は、日の光を浴びながら楽しそうに動物と触れ合っています。


「はぁ……天使だわ……いっそ食べちゃいたいくらい可愛い」

「……お言葉ですが、お妃さま。この暗い部屋の中で、その覗き趣味、そしてその発言はいくら麗しきお妃さまであっても気持ち悪さが隠しきれないかと」

うっとりと幸せそうに眺めていたお妃の耳に邪魔な声がかかりました。

ですが、この部屋にお妃以外の人影はありません。

「ちょっとうるさいわよ、鏡。ただの鏡の分際で、私の幸せな推し活動を邪魔しないでもらえるかしら。言葉のあやに決まっているでしょう」

「ただの鏡とは何ですか!?私、これでも伝説級の魔法の鏡なんですけど!」

そう、お妃に声をかけたのは、暗い部屋の中で怪しげな光をぼんやりと放っている鏡です。

お妃はただの鏡呼ばわりしましたが、汚れ一つないミラー部分に細部にまでこだわったデザインと散りばめられた宝石の装飾。一目で立派なものだとわかるその鏡は、真実を告げる鏡の精が住んでいる魔法の鏡です。

「お妃さまが幼いころから、何でも相談にのって答えを教えてきたというのに……この城に嫁いできてからお妃さまは変わられました!ことに私の扱いが!!」

「うるさいって言ってるでしょう!せっかくあの子の歌が始まるってのに!!早く画面を戻してよ!あ、最高画質での録画も忘れないでよね」

「ほらぁ!!そういうところ!!!私をテレビのように使わないでください!!」

昔はいかに自分の美を磨くかを考え、血のにじむような努力を惜しまずに行う。自分にも他人にも厳しい人だったというのに。

あの日、恒例となった「鏡よ、鏡。この世で一番美しいのは?」という問いかけに、ちょっとしたおふざけのつもりで美しいのはどうせお妃だと決まっているのだからと、この世で一番かわいい人、すなわち白雪を出しただけなのに。

すべてはそこから変わってしまった。自分以外が映ったらお妃はどうするのだろうってちょっとした好奇心だったのに。

白雪を見たお妃さまは一言「え、好き」と呟いて白雪ガチ勢の強火セコムへと変貌してしまいました。

魔法の鏡は、昔の自分をぶん殴ってやりたい後悔でいっぱいです。

(いやぁ、まぁ今までが厳しすぎる人だったのだから、今の楽しそうな姿もいいのだけど)

かつての完璧な美を体現したお妃さまを最も身近で見てきたからこそ、鏡は残念な美人になってしまったお妃さまを複雑な気持ちで見ていました。


「あ!!大変っ!白雪が転んでしまったわ!」

いきなりお妃さまは大声を上げました。

歌を歌うことに夢中になり、周囲への注意が疎かになっていたのか、レンガとレンガの小さな段差につまずき、白雪が転倒してしまったのです。

お妃はバンッと荒々しくドアを開け部屋の外に出ると、廊下を掃除していたメイドに声を掛けました。

「そこのあなた!白雪が外で転んでしまったの。直ちに白雪を連れ戻して治療してあげて!それと、城中の段差がなくなるよう業者を手配するよう執事に伝えてほしいの!あ、治療が終わったら、白雪は私の部屋に連れてきて頂戴」

「は、はい!仰せのままに」

お妃に怒涛の勢いで言われたメイドは執事への伝言を行い、言われた通り白雪姫を城の中へと連れ戻すと、転んだ際にできた擦り傷の治療を行いました。

「ありがとう。あなたのおかげで痛く無くなったわ」白雪はメイドに向かって笑顔で御礼を伝えました。

「い、いえ。私は言われたことをしたにすぎません。姫様、御礼ならお妃さまにお伝えください」

「王妃様に?」

白雪がお妃のことを、お母様と呼んだことはありません。一度その呼び方をした際、お妃様にとんでもない眼力で睨まれたからです。以降、自分はお妃様に嫌われているのだと察し、極力会わないように暮らしてきました。ですが、そんなお妃さまの命によりメイドは白雪の治療を行ったといいます。


「はい。さぁ終わりましたよ。お妃さまより、治療が終わったら姫様を連れてくるように言われております」

白雪はメイドに連れられてお妃さまの部屋へとやってきました。

(……また私は、何か気に障ることをしてしまったのかしら)

何を言われるのだろうと白雪は緊張と不安でいっぱいです。

「お妃さま。姫様の治療が終りましたのでお連れしました」

「どうぞ」ドアの向こうより、厳格な声が聞こえました。

「失礼します」メイドにドアを開けてもらい、白雪はお妃と対面します。

(いつ見ても本当にきれいな人だわ)

白雪はお妃の洗礼された美しい姿にうっとりとした表情を浮かべました。

白雪は知りません。白雪が治療を受けている間にお妃がどれだけ急いで髪型と化粧を直し、ドレスすらも新しいものに変えていたなんてこと。

「白雪さん、外で転んだようですね。いったい何をなさっていたの?」

そんな裏事情を感じさせない凛とした声音で、お妃は問いかけました。

「……外で動物たちと戯れていました」白雪の言葉を聞いたお妃は、一つ息を吐くと、微笑みながら言葉を続けました。

「そう、白雪さん。周りへの注意が疎かになるほど随分と楽しんでいたのね。

フフッ、そんなに一つのことに夢中になれるなんて羨ましいわ。でも、自身の体に傷をつけないと危険に気づけないなんて。あなたは、自身の身体の価値を理解していないのかしら」

「申し訳、ありません」

「すでに隣国の王子と婚約も決まった身であるあなたの身体は、この国にとっても重要な存在なのですよ」

「はい……」

「白雪さんは、国と国の架け橋となる存在であると理解なさって。外で遊ぶなとは言いませんが、たまには室内で読書でもしたらどうかしら」

「はい……」

「わかったのなら、私からはもう何も言いません。自室に戻りなさい」

「はい。ありがとうございます。あ、傷の手当のこともありがとうございました。……失礼しました」

パタン、と丁寧にドアを閉め廊下へと出た白雪は、泣きそうになるのを堪えながら、自室へと歩き出します。

(お妃さまは何も、間違ったことを言われていないわ。全部私の不注意だもの。

けれど……憧れの人から自身の未熟さを指摘されるのは、きついものね。

あと三ヶ月程で、この城から嫁ぐ身。ここまで、育てて貰った恩を返す為にもお妃さまのような立派な淑女となれるよう頑張らないと)

立ち直りの早い白雪は、むん!と拳を握ると涙を拭い、これまで以上に教養の修養に励みました。


一方、白雪が立ち去ったお妃さまの部屋では。

「私の馬鹿ぁぁあ!!なんであんな言い方しかできないのよぉお!!」と情けないほどの泣き声が響き渡っていました。

勿論、言うまでもなく泣きじゃくっているのはお妃さまです。

廊下にまで漏れる声を聞き、魔法の鏡と城に仕える使用人たちは、また始まったと悟ったようなため息をつきました。

「ただ、体を大事にしてって言いたいだけだったのにぃい!!なんでいつも(・・・)素直に言えないのぉお……!!絶対にまた嫌われたわぁあ!!」

そうです。今回に限らず、これがいつものことなのです。お妃さまは今まで他人にも自分にも厳しくあったため、口を開けば余計な言葉が付属してしまうのが悩みでした。人に優しい言葉掛けをした経験がないことに加え、白雪に尊敬してもらえるような人物でありたいというプライドも邪魔をし、どう頑張っても素直な言葉が出てこないのです。

「また白雪を傷つけてしまったわ……」

「いやぁ、お妃さまが心配するほど、あの子はやわじゃないと思いますけど……」

「きっと今頃、ベッドの上で泣いているわ!」

鏡の声が聞こえていないのか、お妃さまは想像上の白雪に罪悪感を募らせます。

「どうしたら、素直に話せるようになるのかしら……」

「…いっそのこと、何か魔法のアイテムでも自作したらどうですかぁ」

「それよ!!」

「……えっ?」

どうせ自分の声は今のお妃には聞こえていないだろうと、適当な会話のキャッチボールをしていた鏡はいきなり剛速球の返答に驚きました。

「そうよ、作ればよかったんだわ!!フフッ、そうと決まれば早く取り掛からないと!!」


「できた……!!」

暗い地下の一室で、お妃さまは歓喜の声を上げました。

お妃さまの手の中には、飴でコーティングしたように赤いりんごが乗っています。

熟れているのを通り越して、いっそ毒々しい見た目をしたこのりんごは、お妃さまの三ヶ月間の集大成です。ついに、自分の想いをそのまま口に出せるようになる魔法具が完成したのです。


「白雪さん、どうぞお入りになって」

りんごが完成した夜。お妃さまは自室に白雪を招きました。

「王妃様、失礼します」

「フフッ、そう硬くならないで。今お茶を用意するわね」

白雪を椅子へ案内し、準備に取り掛かります。本来なら、こういったお茶の準備はお妃さまがするべきことではありませんが、この日のために練習してきたお妃です。

いい香りの紅茶とあらかじめメイドに用意してもらったカットフルーツのお皿を持って、戻ってきました。

カットフルーツの中には魔法具であるりんごも一切れ入れてもらっています。遠慮がちな白雪は、お妃が手を付けるまで食べないだろうと見越して考えた作戦です。

「王妃様、今日はお招きありがとうございます。こんなに素敵なティーパーティーまでご用意して頂いて」

「いいのよ。あなたとゆっくり過ごせるのは今夜が最後になるのだもの。さぁ、白雪さんも召し上がって」

目論見通り白雪は、お妃のお許しが出てからフルーツに手をつけました。先にりんごを取ることができたため、あとは思うように話すだけです。

(そういえば、いつもなら必ずいいところであの鏡が邪魔に入るのに今日は静かね。ちょっと強く言い過ぎたかしら……まぁ、いいわ。そんなことより今は白雪よ)

一つ息を吸うと、意を決したお妃は口を開きました。

「白雪さん、今日はね、あなたに謝りたくてここに呼んだの。……今までのことごめんなさい。あなたに、強くあたってしまって。」

スラスラと言いたいことが言えるお妃は、テーブルの下で小さくガッツポーズを作りました

「言い訳になってしまうのだけれど。私は、今まで他人にも自分にも厳しく生きてきた。理想の自分であるため、理想の王妃であるため。自分を律してこそ人々がついてきてくれると信じてきたの。けれど、その分優しくすることは苦手で……。あなたにも幻滅されたくなくて、優しく接することができなかったわ。本当にごめんなさい」

「王妃様……」

「……だけどね、白雪さん。あなたのことを本当に誰よりも大切に思っているわ。人として、王妃として、母親として。心からあなたのことを愛しているわ」

「…………」

お妃の言葉を聞いた白雪は俯き、しばらくすると肩を震わせました。テーブルにはぽたぽたと水滴が落ちています。

(やっぱり、許してなんて虫が良すぎるわよね。……でも、この子になんと思われようと、私はこの子を守り続けるわ)

「お、」

「……お?」

「お、お母様っ!」うつむいていた白雪はパッと顔を上げました。その顔は涙に濡れながらも、嬉しそうです。

「やっと…やっと呼べましたっ!本当はずっとこう呼びたかったです。憧れの人にそう思われていたなんて、嬉しすぎて泣いてしまいました。私の方こそ、いつも変にネガティブに考えてしまってすみません。

ここまで私を育ててくれてありがとうございます。私、お母様の娘になれて幸せでした!」

「白雪……いいえ、幸せだったのは私の方よ。言うのが遅くなったけれど、白雪。立派な淑女になりましたね。結婚おめでとう。これからも何か辛いことがあったらいつでも相談にのりますからね。ここはあなたの家なのだから」

「はい……!お母様、大好きです」


ようやく誤解が解けた二人は、その晩遅くまで語り合い、同じベッドで眠りました。


鏡は、そんな仲睦まじい二人をひっそりと見て安堵のため息をつきました。

(……メイドに言ってギリギリ普通のリンゴと交換するのが間に合いました。

何とかうまくいってよかった……。)