小説

『ばか』山本静夫(『イワンのばか』トルストイ『裸の王様』)

 

 ある国の裕福な農民の家に三人の兄弟がいました。

 長男のイチェロは若い頃に仕官し、今は立派な将校として女王陛下から賜った勲章を胸にキラキラさせていました。

 次男のジランは商才を発揮し、都で商人として毎日美味しいものを食べ豊かに暮らしていました。

 三男のスヴェッコはばかでした。しかし自分のことを不幸だとは思いませんでした。

 ばかのスヴェッコは親の手伝いで畑仕事をしながらいつも考えていました。

 イチェロ兄さんはなぜいくさに行くのだろうか。どれだけ土地や勲章を貰おうが流れ矢に当たって死んでしまえば意味がないのに。

 ジラン兄さんはなぜ金儲けをするのだろうか。どれだけ金を稼ごうがその分使ってしまえば意味がないのに。

 スヴェッコはそう思いながら畑で汗を流し続けました。

 ある日、二人の兄が久々に家に帰ってきました。

「おやじ、金を貸してくれ。近いうちにいくさがあって新しい鎧と武器が必要なんだ。いくさが終われば恩賞が出る。それで返すから」

「おやじ、俺にも金を貸してくれ。そのいくさで食糧が値上がりする。だから前もって売る用の食糧を貯め込みたい。それが売れれば返すから」

 おやじさんは一応スヴェッコにも聞いてみました。

「スヴェッコや、兄さんたちはこう言っているがうちのお金を貸してやってもいいか? その分当分は暮らしは厳しくなるだろうが……」

 するとスヴェッコは言いました。

「おやじがいいならいいよ。兄さんたちなら絶対に成功すると思うし」

 二人の兄はおやじさんから貯金のほとんどを借りると大急ぎで帰っていきました。

 それから、やはり暮らしは厳しくなりました。毎日三つ食べていたパンは一つになり、スヴェッコが大好きだったスープも具が小さないもだけになってしまいました。

 しかしスヴェッコはそれでも自分のことを不幸だとは思いませんでした。

 それから一年後、次男のジランが久々に家に帰ってきました。立派な馬車にたくさん荷物を載せていました。

「おやじ、商売は大成功だ。おやじから借りていた金もこの通り。利子もつけて倍にして返すよ」

 ジランは山のような金貨や銀貨をおやじさんとスヴェッコに返しました。

 三人は再会を喜び、久しぶりに豪華なご馳走を食べました。

 またそれから一年後、今度は長男のイチェロが久々に家に帰ってきました。その胸の勲章は数が増えていました。

「おやじ、いくさは大勝利だ。恩賞もたくさん出た。借りていた金もこの通り。利子もつけて倍にして返すよ」

 イチェロは山のような金貨や銀貨をおやじさんとスヴェッコに返しました。

 三人は再会を喜び、一年ぶりに豪華なご馳走を食べました。

 その席でイチェロが言いました。

「今度のいくさで敵国からとても美しいドレスを奪い取ったらしいのだ。世界で一番美しい我らが女王陛下にこそ相応しい、非常に美しいドレスだそうだ。今度都でお披露目も兼ねた凱旋パレードを改めてやる。ジランにも声をかけるからぜひ見にきてくれ」

 スヴェッコとおやじさんは大変喜び、ぜひ行こうということになりました。

 そして帰り際にイチェロはスヴェッコにこうささやきました。

「しかしだな、そのドレスは非常に美しい代わりにばかには見えない魔法のドレスなのだという。お前には見えるといいのだが」

 しかしスヴェッコはばかにされても気にしませんでした。

 いよいよパレードの日。ジランの用意した馬車でスヴェッコとおやじさんは都に向かいました。

 都ではジランが待っており、三人で並んでイチェロも参加する凱旋パレードを見ることにしました。

 やがて遠くから女王陛下の乗る大きな馬車がやってきました。すると周りの群衆からは異常なほどの大歓声が上がりました。

「女王陛下は裸じゃないか」

 ジランが驚いたようにスヴェッコに言いました。

「だがドレスがいらないほど美しい! 女王陛下ばんざい!」

 ジランはそう大声で言いました。おやじさんもその言葉に深く頷きました。

 群衆からも女王陛下ばんざい! ばんざい! と聞こえてきます。

 しかしスヴェッコの目には非常に美しいドレスが見えていました。

 みんなにはこのドレスは見えていないのか? 前から薄々勘づいていたが、もしかして自分以外のみんながばかだったのか?

 スヴェッコはそう思いましたが、自分が賢いとわかっても嬉しくはありませんでした。

 なぜ自分はばかではなかったのか。自分が賢かったばかりになんという不幸か。このばかたちが羨ましい。

 スヴェッコは大変に無念がりました。

 パレードが終わったのち、イチェロと合流し都で食事をすることになりました。

 そこでイチェロが言いました。

「すごいドレスだったろう」

 ジランとおやじさんはまったくだ、と口々に賛同しました。

「また見る機会はないものか」

 ジランが聞くとイチェロはこう答えました。

「女王陛下もあのドレスを大変お気に入りのご様子だ。またいくさがあればその凱旋で見られるかもしれない」

 スヴェッコはそれを聞き、今度こそはどうしても見たいと思いました。

 そして料理を楽しんだのち、スヴェッコとおやじさんはジランの用意した馬車で村に帰りました。

 村に帰ってからもスヴェッコの脳裏からは美しい女王陛下の姿が離れません。

 よし、次のいくさまでにどうにかしてばかになろう。

 スヴェッコはそう決意すると、次の日から村で一番大きな樹のところへ向かい、一心不乱に頭を打ち続けました。

 おやじさんは驚きましたが、止めても止めてもスヴェッコが頭を打つのをやめないのでそのうち諦めてしまいました。

 しばらくして二人の兄が様子を見に来ました。そして樹に頭を打ち続けるスヴェッコを見て互いに言いあいました。

「あのばか、ばかには見えないドレスなんて本当に信じたのか」

「そこまでのばかとは思わなかったが、無理もない。あいつ、ばかのくせにプライドが高く、自分は本当は賢くて周りの方がばかなんだと思っている節があったからな。いつか灸を据えてやろうと思っていたんだ」

「しかも成功しようと努力しないくせに嫉妬深い。いくさの時も俺たちが失敗すればいいと思ってた様子だった。俺が金を増やして返しに行ったときの悔しそうな顔ときたらなかったぜ」

「その上どうしよもうないスケベだからあんな嘘にまんまと引っかかる」

「つくづく救いようのないやつだ。自分で気づくまでやらせておこう」

 二人の兄はおやじさんに説明をすると、当分の間は働かなくて済むだけのお金を置いて帰っていきました。

 それからもしばらくの間はスヴェッコが樹に頭を打ちつける鈍い音が村中に響いていたということです。