『赤ずきん』小町蘭(『赤ずきんちゃん』)
昔、ドイツの国の、森の傍にあるとある村に赤ずきんと呼ばれる女の子がいました。大変おませな女の子で、まだ五歳だというのに大人びた口ぶりでものを言い、かつ男勝りで、肝の据わった娘でした。それでもよく気のつくところは褒められ […]
『ポンポコポコポコカグヤヒコ』義若ユウスケ(『竹取物語』)
恋人が車にはねられて死んだのでなんとかして蘇らせようと思った。でもその前にまずは復讐だ。おれは恋人をひき殺された怒りで体がクマンバチのようにふるえていた。犯人の男をぶっ殺して気持ちを落ちつかせないことにはとてもこのふる […]
『花咲かす大樹』まる(『こぶとりじいさん』)
人は、そこに無いものを捉えることはできない。では、捉えることのできないものは「無い」と言ってよいのか。もしそれでよいのなら、眼中にない人間も、人の心も、この世には存在しないことになってしまうのではないか。少なくとも私に […]
『勝ち山』外﨑郁美(『カチカチ山』)
朝いちばんのオフィスのフロア。窓から朝日が差し込むなか、中原信子とその部員たちが、 フリースペースで円を描くように並んで立っている。今日はX電機創業以来初の女性営業部長が誕生した記念すべき日である。朝部会で信子が部長 […]
『時を盗んだ男』永佑輔(『貉』『時そば』『猫の茶碗』)
東京に、何チャラ坂という昼夜問わず寂しい坂がある。男はある晩、目と鼻と口のないノッペラボウに出くわし、屋台の蕎麦屋に助けを求めた。ところが蕎麦屋の主人の顔も見る見るノッペラボウに変わった。そして同時に屋台の灯りは消えて […]
『桜前線停滞中』原カナタ(『桜の樹の下には』)
散りゆく桜が綺麗なのは桜が悲しんでいるからで、ひらひらと宙を漂い落ちていく花びらは桜の涙なんだ。 昔、私がまだ桜の枝にジャンプしないと届かないくらい幼い頃に、おじいちゃんが言っていた。おじいちゃんと二人で縁側に座り、 […]
『夜間清掃』日根野通(『シンデレラ』)
玄関で私を待っているのは、汚れはじめた白いスニーカー。 ここ半年はこの景色が続いている。 玄関の姿見に映ったのは疲れて痩せた40代半ばの女。以前は家を出る時にはメイクをして、知り合いにばったり会ってもはずかしくない […]
『駆け込みパッション』もりまりこ(『駆け込み訴え』)
ぶほぶほっと呼吸する。ぜぇぜえ肺が泣いている。死ぬんかな? また? 結局、ペテロもヤコブもヨハネもアンドレもトマスもいろいろいたけど、みんな嘘つくの上手やったって思いだけが、頭にうかんで、ぼほっぼほっ、泳がれへんかった […]
『一寸法師、見参』柿ノ木コジロー(『一寸法師』)
大きなため息がひとつ、狭い浴室内に響いた。 ぱちゃんと湯がはねる音が続き、あとは、浴室はしんとしている。 山辺は小窓からの景色をぼんやりと眺めていた。 ルーバー窓のガラスはいっぱいに開けてあって、隙間からは目線よ […]
『ドーナツの穴から食べる』香久山ゆみ(『青い鳥』)
朝、擦れ違う人に「おはようございます」と挨拶しても返事がない時。私が言ったことなのに、いつの間にか「さっき○○さんが言ってたけれど」と、まるで別の人の発言になっている時。トイレの個室に私が入っているのに、手洗い場では誰 […]
『デンデンムシ』長月竜胆(『デンデンムシノカナシミ』)
一匹のデンデンムシがありました。 ある日、そのデンデンムシは大変なことに気が付きました。 「何ということでしょう。私は今までうっかりしていたけれど、私の背中の殻の中には、悲しみが一杯つまっているではありませんか」 […]
『をと』鴨カモメ(『浦島太郎』)
ピロリン 間の抜けた音が鳴り、スマホを手に取る。それは幼馴染のカズからだった。画面を見た瞬間、俺はオエっと顔を歪めた。 そこに映っていたのは不気味な魚の画像だ。一緒に映っているカズの愛犬コロの何倍もある大きな身体は […]
『テロテロ坊主ゲロ坊主』ヰ尺青十(『オイデプス』『人、酒に酔ひたる販婦の所行を見る語:今昔物語集巻三十一第三十二』『太刀帯の陣に魚を売る媼の語:同巻三十一第三十一』)
古代ギリシャはピキオン山に座して、 「ファイナルアンサー?」 みのもんた見たような猫目してスフィンクスが迫る。問われた兄ちゃんは余裕綽綽(しゃくしゃく)、 「はは、それって人間っすよ。赤んぼは四つん這いで、デカくなっ […]
『だからだめなんだ』常世田美穂(『ダスゲマイネ』)
恋をしたのだ。そんなことは、全くはじめてであった。 もちろん二十歳には二十歳なりの主張がある。はじめて女の子と手を繋いだのは小学生。キスしたのは中学生。セックスにおいては割と早い高校一年生、なんて言いたいが本当は大学 […]
『スリーピングアイドル』柿沼雅美(『眠れる美女』)
たとえば私は、朝起きてから君が何してるかなぁって考えて、パソコンを打っていても君のことを考えて、電車に乗れば君の使っているだろう駅でいるわけがない時間に止まった電車からホームを行きかう人を凝視して、帰り道には君の仕事が […]
『僕と苗』(『ジャックと豆の木』)
朝六時半、あくびをしながらシャッターを上げる。すると、薄暗かった店内に、目が眩むほどの光が差し、目が覚めるような蝉の声が聴こえてきた。静かに眠っていた花たちも目を覚ましたようだ。 ここは花屋「Jack’s Flowe […]
『カンタービレ機関車』洗い熊Q(『とむらい機関車』)
それは真夜中の電話から始まった。 でも自分にとっては日常茶飯事な始まりだ。何時だってそうだ。彼奴は気遣いもなく電話を掛けてくる。 「――よう。起きてるか?」 この時間なら普通、寝ていると思うだろ。そんな心配りをコイ […]
『オタクの恋』(『かえるの王様』)
「・・・ジメ殿!」 「ハジメ殿!」 ホームルームが終わり、贅肉をタプタプと揺らしながら、オシャレとは無縁で視力を矯正するためだけにある様な眼鏡をした山下がこちらに向かってくる。 彼は、高校に入学してから二年以上の付き […]
『メリー、メリー、ラウンド』井上豊萌(『わらしべ長者』)
揺れていたのは、ちっぽけな花たちだった。 待ち合わせした噴水広場に、鹿みたいな男が佇んでいた。えらくスタイルがよく、高貴な顔立ちをしている。手触りのよさそうなこげ茶のロングコートに、ボルドー色のマフラーを合わせている […]
『Jacks or Better』柊野ディド(『ジャックと豆の木』『マザーグース』『ジャック・スプラット』)
昇りかけの朝陽が山際に黄色い線状の光を走らせていた頃のこと、街の外れでジャック・J・ジャックが畑の土に退屈を混ぜ込んで耕していた。すると畑に潜入していた重装備のJ国機動隊13名によって彼は瞬く間に取り押さえられ、逮捕され […]
『M』浴衣なべ(『桃太郎』)
生物には多様性というものがある。幅広い性質を持つ個体が一つの集団の中で同時に存在していることを言うのだけど、例えば、一つの群れになにか起こったとき、同一の性質を持つ個体の群れよりも、幅広い性質を持つ個体の群れの方が全滅 […]
『Daydreamer』澄川或香(『安芸乃助の夢』)
「―おい、・・・ねくん!・・・ないか!早くおきなさい!」 はっと目が覚めると、取引先のテーブルにいつの間にか突っ伏して眠っていた。しかも涎がたれているところをみるとかなり熟睡してしまっていたようだ。上司は青い顔をしてお […]
『潮の流れに杭を打て』赤沼裕司(『浦島太郎』)
なりゆきに任せることが、最良の手段だと思っていた。自分から何かに手を伸ばすのではなく、来る波、乗る波を選択していくこと。 亀山からの頼みを断らなかったのも、そんな気持ちからだったと思う。たまたま僕が数年間、映像を編集 […]
『遅すぎた女』yui.chi(『鶴の恩返し』)
まず、どこから話し始めればいいだろう。僕の動画に関する話だろうか。それともしおりの現状について? もしくは東京で一人暮らしを始めた2年前まで遡るべきだろうか。違う。あの女だ。あの女がやってきたあの日から、この物語は始ま […]
『おちこちあいめ』曽水あゑ(『古事記』)
ナギオは私の小さい頃からの友人で、地元では名の知れた商家の一人息子だった。 農家の私と彼が親しいのは、ナギオの祖母がこの集落一の土地持ちの出で、彼が祖母や母に連れられ親類宅によく遊びに来ていたからだ。屋号で「瑞穂屋の […]
『二十二時、八王子駅にて神を待つ』山本マサ(『マッチ売りの少女』)
嗚呼、キャンメイク様、マジョリカマジョルカ様、スノー様、どうか惨めでブスでどうしようもない私を神へとお導きください、アーメン。 十二月二十五日、二十二時。クリスマス。お店の明かりもビルの明かりも、一向に消える気配もな […]
『睡蓮の雫』齊藤P(『浦島太郎』)
「人間って本当、どうしようもない奴ばかりね」 吐き捨てるようにそう言ってから、乙姫はチェックの済んだ書類の束を机の端へ追いやった。地上の人間たちへの嫌悪感と、日夜大量の業務に追われるストレスが黒煙のようになって執務室全 […]
『流しのしたの』伊東亜弥子(『かちかち山』)
部屋に近付くにつれ聴こえてくる音楽に男は軽くため息を吐いた。 また盛大に飲んでるな、そう思って一日の疲れが貼りついて消えない重い足を引き摺るように歩き、玄関の扉の前に立つと至極機嫌のよさそうな唄声が耳に入ってくる。抑 […]
『彼女が僕を縛ったら』むう(『浦島太郎』)
道端を奇妙なものが歩いていた。 「亀だ」 東京郊外の住宅街。都心まで一時間もかからないで電車で行ける。騒がしくなく、静かすぎることもなく、ほどほどに田舎でほどほどに都会。 僕はこんな街でほどほどの人生を送っている。 […]
『水鏡』藤田竹彦(『死神の名付け親』)
○芝浜荘 港区浜松町にある『芝浜荘』は木造トタン屋根の二階建てで、上下に3つづつ部屋のある古びたアパートだった。アパートの前には小さな公園があり、『芝浜荘』は公園の脇道を抜けた所にぽつんと建っていた。 1階中央付近から […]