小説

『Daydreamer』澄川或香(『安芸乃助の夢』)

「―おい、・・・ねくん!・・・ないか!早くおきなさい!」
 はっと目が覚めると、取引先のテーブルにいつの間にか突っ伏して眠っていた。しかも涎がたれているところをみるとかなり熟睡してしまっていたようだ。上司は青い顔をしており、取引相手も表情が凍り付いている。涎をハンカチで拭きつつ笑顔を取り繕う。ええと、今なんの夢をみていたかな・・・
「何か、持病でも?突然俯いたとおもったらテーブルに突っ伏して寝息立て始めたからびっくりしましたよ・・・。」目の前に座るひ弱そうな色白の男が語りかける。
 すごくいい夢見てたんだけどな。ちゃんと覚えられてたらいいのになー。すごく感動的な夢だったような気がする。病院の中の話だったような。
「すいません。突然眠ってしまう病気をもってまして。普段は大丈夫なんですが・・・。」
 平謝りをしてその場を取り繕う。もちろん真っ赤な嘘だ。会社では眠りの○ごろうもしくは三年寝太郎と呼ばれていたし、突然襲ってくる睡魔によりすぐに寝てしまうため初めて見た人には引かれることが多い。人間が生きている時間のうち睡眠が三分の一を占めるそうだが、それほど人間に必要とされている睡眠が特に日中ないがしろにされるのは腑に落ちないし本当に世知辛い世の中だ。そこら中に布団、ベッド、ハンモックを設置してどこでもいつでも寝られるようにすればみんなにとって幸せなのではないか。
 何食わぬ顔で商談を進める。眠った後は頭がすっきりするし、なんだかいい夢をみた気がするので気持ちも上向きだ。周りにはびっくりされるが眠った後は生産効率があがって何だかんだ仕事ができるので問題ない。

 春になり、気温も暖かくなってきたからだろうか。ふと気づくと眠っていることが以前より更に多くなってきた。昔から眠ることが趣味というかかなり得意だった。高校生の時には通学途中に道端で眠っていて死人と間違われたこともある。周りの人間も最初は驚くものの、だんだん突然突拍子のないタイミングで眠るので慣れてきて、寒くないようにタオルをかけてくれる始末だ。
 ひとつ、大きな悩みがあるとすれば、どれだけ素晴らしい夢をみていても忘れてしまうことがあることだ。すごく忘れたくない夢を見た気がするのに未だ思い出せないのはとても歯がゆい。

 自宅に帰ると、妻が好物の茄子と豆腐の味噌汁を出してくれる。3歳になった娘が足元に絡みついてくる。
「今日もこの子、午前中から幼稚園で遊んでる最中に砂場で寝ちゃったみたいよ。ほんとに困ったところがあなたに似たわね~」と妻が苦笑しながら言った。足元の娘は悪びれもせずに満面の笑顔でこちらを見上げてくる。
「来週水族館がに行くの楽しみだな。何がみたいんだっけ?ああ、クラゲだったか。」
 娘がレジ袋を振り回しながら笑いながらいった。
「そうだよ~くらげ。ふわふわ雲みたいなのがいーの!」
 妻がレジ袋を回収し、娘を抱っこしながら笑っていった。
「そろそろ寝るよー。あなた、おやすみなさい。」

1 2 3 4