小説

『Daydreamer』澄川或香(『安芸乃助の夢』)

 ところが周囲をみるとみんな驚いた様子もなく黙々と仕事をしているではないか。呆然としているとその鳥が周囲のデスクの書類をまき散らしながら滑空してデスクの上にあるモニターの上にとまった。催促するように首を傾げるので書類を嘴の先に近づけるとさっと加えて森山の所へふわっと飛び、手元へ落とした。
「あ、昼根さんありがとうごさいます。」
 何食わぬ顔で森山が仕事を再開する。鳥はいつの間にかいなくなっていた。夢は自分が無意識に思っていることが実現するものだと思っていたが、夢の中でこうなったら面白いと頭に浮かべたことが実現するのが初めてだったので驚いた。

 ふと気づくと仕事帰りに茄子と豆腐を買っている。麻婆茄子でも作ろうか。茄子の煮びたし、湯豆腐なんかもいい。1人でテレビを見ながら味噌汁を飲む。後片付けをしながらビニールの袋を畳んでベッドに入り、眠りについた。
 夢の中で、近くの商店街を歩いていた。野菜をみていると、近くを近所のおばあさんが歩いていく。斜め前の坂道から少年が乗った自転車がだんだん加速してくるのが見えた。自転車に乗る少年の顔は恐怖で凍り付いている。
 まあ、あくまで夢の中だからこれで何かおきても少し気分が悪い気持ちが残るだけだが。どうやってあの自転車を止めようかコントロールしてみようじゃないかと考える。
 とりあえず、時を止めよう。その瞬間自分以外の世界が止まる。ゆっくり歩きながら周囲を見渡す。とりあえずおばあさんには1メートルほど移動してもらうと考えるとおばあさんが移動していた。丁度引っ越し業者がきていて、分厚いマットレスがトラックの中にあるのが見えた。あれを念のため自転車がぶつかる部分の壁に立てておこうと考えるとその位置にマットレスが移動している。自転車も減速してマットレスにぶつかる前に止まるようにしよう。
 さあ、再開しようと考えると世界が動き出した。少年は勢いよくブレーキをかけ、おばあさんは何食わぬ顔で歩き続け、引っ越し業者はなぜかトラックから出ているマットレスを平然ともって階段を昇っていく。

 幾度目かの朝、目覚めて夢を思い返す。随分夢の内容も覚えていられるようになった。夢の中をコントロールできるだけじゃない。しかし、最近夢の中で人助けが多い気がする。火事に、爆発事故を防いだこともあった。連続殺人犯を捕まえたこともある。このままじゃスーパーマンにでもなってしまいそうだ。夢占いとかもあるが、自己顕示欲とかそういうものなのだろうか。
 買い物袋をしまい、ビニール袋をいつも畳むところを、気まぐれに思い切り振って空気を入れる。童心に帰ったからか笑い声がでて自分でも驚いた。花粉症だからだろうか、なぜか涙目になってしまった。

「昼根さんは、今日は大活躍でした。」白衣をきた黒縁メガネの白髪の男の言葉に、70歳くらいの女性と40歳代くらいの女性がうなずく。ネームプレートに「睡眠医 獏 瞬次郎(ばく しゅんじろう)」とかかれている。
 白い無機質な壁に一つだけある小さな窓にはカーテンが閉め切られ、薄暗い部屋には無数のモニターと頭部に様々なチューブを付けた男が横たわっていた。

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