小説

『Daydreamer』澄川或香(『安芸乃助の夢』)

 70歳くらいの女性がおもむろに口を開く。
「息子のなかで、世界が続いているのが嬉しいのです。彼なりの現実世界を生きているのですから。例え、この世界で目を覚まして私たちの手を握ってくれることがなくても。私たちがこうして息子の夢を一緒にみて、一緒に喜びを味わうことができることが嬉しいのです。」
 40歳代くらいの女性が小さく笑いながら言った。
「夫の頭の中の小さな世界はちっぽけなものかもしれませんが。彼にとってはすべてです。私たちは彼が命を終えるまで彼の世界をみていたい。」
 彼の母と妻が静かに、部屋にうつされたモニターを見つめる。そこには、昼根が目をさまし朝ごはんを食べながらニュースを見ている姿が映っていた。妻がぽつりぽつりと話した。
「彼の頭の中で、私たち家族や子どものことがでてくることはありません。でも、それを思い出してしまったら、彼のこの平和な世界が壊れてしまうと思うんです。事故のことを思い出すかもしれないし、私たちのことを思い出して不安になったら悪夢になってしまうかもしれない。」
 獏がいった。
「ご心配にはおよびません。私たちの方で特別に調合した薬を使って夢を引き続きコントロールして彼がこの世界のことを思い出さないよう、幸せに思えるよう夢を調整していきます。この薬は夢をコントロールして拷問や自白に使う用途で昔は使われることが多かったですが現代ではこのように前向きな用途で使われるようになって・・・いい時代になりました。」
 その時、すっと扉が開いて若い女性が入ってくると、まっすぐに男の元へ駆け寄り、男の手をとり微笑んだ。
 獏がいう。「おや娘さん、今日は大学はお休みですか。研究の方はどうですか。」
 娘は静かに笑っていった。
「あの日工事現場の足場が崩れてこなければこんなことにならなかったのにね。あの日一緒に居た男の子を助けられて本望だったんじゃないかな。父は頭の中では若いまま。私が小さいころに見ていたままなのよね。こんなに年をとっているのに。目を覚ましてもらえるように研究は頑張ってるわ。でも、もし父がこのまま息を引き取ってしまうことがあっても、きっと父は夢を見続けるんじゃないかな。死ぬって夢を見続けることで、こうして天国とかの夢を見続けて生き続けるの。そうなら寂しくないなってお父さんの夢をみてて思うの。」

 はっと目が覚める。今目覚めたこの瞬間。夢なのか。夢から覚めた夢なのか。轟音と共に現実が雪崩れ込んでくる。浮かんだ違和感さえも置き去りに、秒針は音を立てて回り続ける。

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