小説

『Daydreamer』澄川或香(『安芸乃助の夢』)

 おやすみなさいと娘と妻に手を振り、カレイの煮つけに手を付けた。

 ふと気づくと食卓のテーブルにうつ伏せで眠っていたようだ。時計は3時を指していた。身体の節々が痛い。夢をみていたが、随分と鮮明に覚えている。カレイの煮つけがカレイの姿にいつ間にやら戻っており泳ぎだしたのだ。それを捕まえるためにベランダに出たら外は海だった。カレイが海に逃げたので、ベランダから飛び降りて泳いで再度煮つけにすべくカレイを探しまわったのだった。時に人魚や竜宮城の主にも手伝ってもらって、カレイを捕まえたまではよかったが目が覚めてしまった。冷えた食べかけの煮魚をつつきながらぼんやりと夢の余韻に浸る。

 目覚めると朝から雨が降っていた。明日は約束の水族館の日だ。早々と仕事を終えて自宅に帰りたいものだと思いながら家を後にした。玄関先であいもかわらずクラゲをアピールする娘がレジ袋を振り回し、その汗ばんだ手で別れ際にギュッと握られた小さな手の感触が思い出される。
 水族館で何をみようか。サメに、チンアナゴ、深海魚もいいな。娘は深海魚は怖がるだろうか。
 目の前を黄色い帽子をかぶりランドセルを背負った小さな男の子が歩いている。今くらげに首ったけの娘もいずれ黄色い帽子をかぶって学校まで歩くのだろうか。こんなことを考えていたら娘が大きくなった姿を夢に見る時が来るかもしれないと心の中で苦笑する。
 とりとめないことをぼんやり歩いていたら道行く人と肩がぶつかって我に返る。駅前は開発が進んでいて、高層ビルも建つ予定だ。ずいぶんと工事の音がうるさい。騒音から意識を遠ざけようと、路面を見ると小さなうす紫色のスミレが一輪顔を出していた。
 その時、突然周りから歓声のような声が響いた。頭が混乱する。さっと地面に影が差し、スミレが濃い色へと変わった。目の前の少年も困惑した様子で振り向いた。少年の大きな瞳が空をみていた。つられて空を見て、目の前の少年を見た時になんとなく県大会のリレーで最後バトンを繋ぐ直前の時間が止まったような、それでも限界まで身体が動いている感覚を久しぶりに思い出していた。

 仕事をしながらふと睡魔に襲われた。いけないと思いながらも意識を手放す。夢の中で私ははっと目覚めた。なんと変わらず今迄通りデスクに座っている。みんなも仕事をしており、眠る前と状況は変わらないように思える。夢の中で夢から目覚めるとは初めてのことだった。もしかしたらこれは夢ではないのでは。突然斜め前の森山が声をかけてきた。
「昼根さん、昨日の丸一商事との会議資料ありますか。あったら貸してほしいんですが。」
 ああ、と資料を手に取る。席ちょっと離れてるしな。もしこの資料を鳥が運んでったら面白いな。勢いよく窓ガラスをぶち破って鳥が入ってきて・・・と思った瞬間、部長のデスクの窓ガラスが勢いよく割れる音がした。ぎょっとして見ると、南国の鳥のようなカラフルな大きな鳥が飛び込んでくる。

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