小説

『スリーピングアイドル』柿沼雅美(『眠れる美女』)

 たとえば私は、朝起きてから君が何してるかなぁって考えて、パソコンを打っていても君のことを考えて、電車に乗れば君の使っているだろう駅でいるわけがない時間に止まった電車からホームを行きかう人を凝視して、帰り道には君の仕事がいつもの時間に終わるのか気にしたり、寝る前には君にリプを送ろうか迷ったり、そんなふうに、ぶつかりたくてもぶつかれない関係で、顔が見たい会いたい触りたいという気持ちが体中に溢れて心まで締め付けて、泣きそうになるくらいの気持ちを、どうすればいいのか知れない。
 そんな時はさ、ちゃんと会いに来てね。と書いてマネージャーに送信する。
 数分もしないうちにスマホが震え、SNSの途中の画面にマネージャーの変なアイコンが表示されて、めんどっと呟いて電話に出た。
「さっきの、彼氏かなにか?」
「ブログ用です、チェックして載せてください」
 私が言うと、だから!と思いのほか強い口調が返ってきて驚く。
「彼氏かなにかか?男かなにかか?」
 なにかかってなにかか?と思いながら笑いそうになる。
「恋愛禁止って言われてるんですけど」
 私が言うと、マネージャーのため息が聞こえる。まるで近くにいるみたいに耳のなかに声がもぞもぞと入ってくる。
「今から車で家に行くから、遅い時間で仕事終わりで申し訳ないけど」
「え、なんでですか?嫌です。もうシャワーも浴びたし顔も落としちゃってるし」
 時計を見ると、0時をまわったところだった。
「そんなことはどうでもいいんだ!」
 怒鳴り声に焦りが混じっているのが分かって私は黙った。
「記者さんが来てる」
 は?と返事をする。
「お前も知ってるだろ。週刊文夏の記者が、写真と原稿持って来てる。2週間後に載るってよ」
「は?」
「は?じゃないよ。お前やってくれたなほんとに」
 いやいやいやいや、と思わず大声がでる。
「ほんっとになんのことか分からないです。さっきみたいな文だってファン向けにって言ってるじゃないですか。だいたい普段待ち時間も外出不可にされてどれだけそこにいると思ってるんですか8時間とかですよ、その中でどう恋愛しろって言うんですか。悪いけど私、解雇された子みたいに家に男呼んだり、私信送ったりとかそういうのもしてません」
「じゃあおまえこれはなんだよ」
「だからこれってなんですかって」

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