小説

『テロテロ坊主ゲロ坊主』ヰ尺青十(『オイデプス』『人、酒に酔ひたる販婦の所行を見る語:今昔物語集巻三十一第三十二』『太刀帯の陣に魚を売る媼の語:同巻三十一第三十一』)

 古代ギリシャはピキオン山に座して、
「ファイナルアンサー?」
 みのもんた見たような猫目してスフィンクスが迫る。問われた兄ちゃんは余裕綽綽(しゃくしゃく)、
「はは、それって人間っすよ。赤んぼは四つん這いで、デカくなったら二本足。んで、ははは、年寄り杖ついて三本足っしょ。なので人間、ファイナルアンサー、イェーイ」
 Vサイン出した刹那、スフィンクスが齧りついた。メザシを丸ごと食うように、ばりごり、しゃくしゃく、ぼりごりり。消化を慮って32回咀嚼した後に嚥下す、ごっくん、ふーうっと。
「〈三本半足〉って訊いてんのに、あーあ」
 見ると一本、地面に指が落ちてる。これは足だわ足の親指。ま、米粒一つでも粗末にすると罰が当たるって、死んだ祖母ちゃんも言ってたし。
スフィンクス、つまらなそうに口に入れましたとさ。
 んで、餌食になった兄ちゃんの名はオイデプス、〈腫れた足〉って意味っすね。んで、正解はギリシャ語で〈κιζινοματα〉、ラテン語だと〈kijinomata〉っすよ。



 あーあ、これがもし手であったならば、こんな憂き目は見ずに済んだであろうに、何故に皆々取ってつけたように足をやられるのであろうか、いったいに痛風というのはまったく。
 東北奥地は鬼出県魔羅丘市合同庁舎五階廊下、初老のバーコード頭が両脇に松葉杖ついてる。ロキソニン服用して鎮痛してはいるものの、左足の踵と拇指第一関節の腫れは未だに引かず、着地すると地獄の激痛が走る。だからその足だけは半分浮かせてなければならなくて、3本半足で歩くのだ。
 そう、この男、雉野又次郎、62歳の後厄年。厚労省から労働局に飛ばされて苦節13年と8ヶ月が経ち、もはや返り咲く気力も失せたまま相談員として果てようとしていた。
 と、前方から赫奕(かくやく)たる逆光を受けて彼奴が来る。暗くて顔は見えぬものの、背筋伸ばして颯爽と歩を進める長身たるや紛う方なく彼奴だ。
「あれ、あれ、またですか、又次郎さん」
 庁舎で最も遭いたくない男、労働局長の鬼沢剛一がわざとらしく心配顔を作って。コンチネンタル風スーツなんか着て小面憎い若造が〈また〉とは何だ、〈また〉とは。とは言え、今年に入って三度目の発症だから、なるほど〈また〉には違いない。
 許せないのは〈又〉であって、鬼沢、ウケ狙いのつもりかなにか、ことあるごとにわざと呼び間違えをするのだ。
「あっ、これは失礼、雉野又さん、次郎さん」
 如何にも〈きじの・またじろう〉ではなく、〈きじのまた・じろう〉である。これまで何遍も訂正してきたのに性懲りも無く、こういうのも立派なハラスメントじゃないのか、〈呼び名ハラスメント〉略して〈ヨビハラ〉。そのうち訴えてやるから覚悟しとけよ。
 雉野又、苦々しく黙り込んでると、
「あの、例の件ねえ、よろしく頼みますよ、ね」
 六尺男がバーコード頭に上から目線して、
「じゃ、お大事に、雉野さん。じゃなかった雉野又さん」

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