小説

『テロテロ坊主ゲロ坊主』ヰ尺青十(『オイデプス』『人、酒に酔ひたる販婦の所行を見る語:今昔物語集巻三十一第三十二』『太刀帯の陣に魚を売る媼の語:同巻三十一第三十一』)

猿がおずおずと、
「それって、昔もやってたんだから、今やったってもいいじゃん、ってことですか」
「いや…」
「火付け盗賊だって昔からありますけど、今もOKってことにはなりませんよねえ」
「まあ…な」
「そうすると、あのう、古典の話なんか持ち出しても意味無いってことになりませんか、すいませんけど」
 御説ごもっとも。
 だけど、おれが言いたかったのは、局長どもがいかにモノを知らないかってことで、法学部なんてのは馬鹿だってことで、おれみたく文学部出てる方がえらいぞ、みたいな。出世しなくて給料安いけど…
 雉、猿に論破され、くじけそうになるのを懸命にこらえて、というか、ごまかして話の矛先を犬に向ける。
「それで、犬丸さんねえ、この店行ったことありませんか」
 懐からもさくさと、プリントアウトしてきた店のHPを犬に示すが、考えてみれば、お互いにスマホ持ってるんだから各々直接見ればよいのだ。あたまが未だに昭和を抜け切れていない。
『ヘルシー切身丼の魚野屋』という、例のゲロ動画の舞台となった店だ。鬼出県警に協力を要請すると、〈けの汁〉がメニュウにあることや丼物を主力商品にしてることなどからあっさり特定されて、魔羅丘長虫ヶ原店と判明した。2年前、国道沿いに出店して以来、周辺の牛丼唐揚丼天丼カツ丼屋などを抑えて着実に売り上げを伸ばし、客層が重なる既存店を圧倒しているという。
「うーん、どうでしたかねえ」
 犬は当地に派遣されて以来、減塩の訪問指導を行っていた。〈あなたの健康を守るため、あなたの一日の摂取量を、あなたは5グラム以下に抑えましょう〉って英文直訳調のチラシ、この店には配ったんだっけかな? 
「あのう、すいませんけど」
 再び猿が口を挟む。
「ボク、行きましたよ、その店」
 猿は職業柄〈ヘルシー〉に弱くて、〈ヘルシー新鮮おサルのカルパッチョ〉なんてのがあれば迷わず注文するだろう。で、今回もネーミングに魅かれて出向いたという。
「減塩ロカボはともかく、切身は満点ですよ」
 高タンパク低脂肪で、なにより味が良い。白身の魚を一口大の削ぎ(そぎ)切りにして下味をつけ、粉をまぶして竜田揚げにする。これを飯に載せて白胡麻とタレをかけ回したら、白髪葱と三つ葉を添えて一丁あがり。けの汁とセットで560円也。
「いわゆる白身魚じゃないんです」
 スーパーで〈白身魚フライ〉98円也として売られてるのはメルルーサとかいう、たぶん誰も見たことない魚の身で、歯ごたえ頼りなくパサポソしたのが、どういうわけか木の葉みたく紡錘形に成型されてる。
 魚野屋のは別だ。しゃぶしゃぶになった蛸の薄切りのような透明感を残した白色をして、弾力は鶏肉を凌ぎ、味わいが深い。何の魚なのか店員に訊いてみたけど、企業秘密なのか単に無知なのか、教えてもらえなかったという。
 雉野又、頷きつつ聞いてたが、
「明日、調査に行くんだよ」
 不味いノンアルはもうたくさん。店員呼んで、
「冷たいかけ蕎麦に鬼大根おろし三つで、汁は薄くして下さい。あと、蕎麦湯を先にお願いします」
 犬猿も倣って計500円、シケた注文を伝えた。

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