小説

『テロテロ坊主ゲロ坊主』ヰ尺青十(『オイデプス』『人、酒に酔ひたる販婦の所行を見る語:今昔物語集巻三十一第三十二』『太刀帯の陣に魚を売る媼の語:同巻三十一第三十一』)

 おそらくは、メンバーに文学部系が多かったのだろう。この連中、だいたいは二流大学の教師かなんかをやってて、なにかにつけて〈責任は個人よりも環境や構造にある〉とか〈ある意味では加害者も被害者である〉などと説教垂れるのが大好きだ。そのくせ、具体的に何をどうすればいいのかって段になると、まずは頼りにならない。
「さあてと」
「どうするか」
 両局長が嘆息するところへ署長が身を乗り出して、
「あのう、労働相談員の雉野又さんなんかはどうでしょうか」
「又次郎ねえ…」
 鬼沢局長が苦々しく受ける。あいつだ、かねてから自分の頭越しに本省へ上申書なんか出して、〈熱ハラ〉*1だの〈塩ハラ〉*2だのを認定するように申し入れてる痛風爺だ。
「なんか雉野又さんって、臨床心理士の資格持ってるらしいですよ」
 役人はとかく〈資格〉に弱い。署長の一声で白羽の矢が立った。



 晩方、蕎麦処『ねる駒』にて。
「全然前代未聞じゃないんだよ、ゲロ混ぜなんてのは」
 雉野又次郎、グビリと純米大吟醸『猫又』をあおった。
 と、行きたいのはやまやまだったが、痛風の身にアルコールは厳禁で、仕方なくノンアルコールビールテイスト飲料プリン体ゼロ(※本品では栄養表示基準に拠って100㎖あたり0.05㎎未満をゼロと表示しています)を飲んで我慢する。
 同席する二人もこれに倣って、こないだの大酒に懲りていた。片や警察のトラ箱に入れられるや、片や寝小便を垂れるはで、さんざんだったのだ。
 前者は犬丸完人(かんと)51歳、世界保健機関の在マニラ・西太平洋事務局に勤務していたところ、減塩キャンペーン強化の特命を受けて鬼出県に送り込まれた。いま一人は猿橋慧一42歳大厄年で、経営不振の〈減塩ロカボ・ニタニタ食堂〉魔羅丘店を立て直すため、東京本社から派遣されていた。
 三人、妙な因縁から〈三猫士*3〉なる秘密結社を作ったのだが、結局のところ蕎麦屋で愚痴こぼし合うばかり。
「だいたいにしてあいつら、鬼沢も多鬼村も法学部出でな、古典の素養ってのが無いんだ」ぐびぐび。
 いちおう流し込むけど、ノンアルゆえバーコード頭は一向にテカらない。
「今昔物語もろくすっぽ読んでないってんだからなあ、おい、なあ」ぐんびり。
〈なあ、おい〉と言われても、じつは犬丸も猿橋もろくに紐解いてない。正直に教えを乞うと、
「あのな、むかし、物売り女がな、京(みやこ)の道端で鮎鮨売ってたんだ。でも、鮨ったって握りじゃないぞ、熟れ鮨(なれずし)だ。生魚を飯に漬けて乳酸発酵させたやつ。年月経つうち素材が溶けてヨーグルトみたく、白いフルフルになってる。
 そしたらこの女、酒飲み過ぎて鮨の中にゲロ吐いた。両者が良く似てるのを幸い、桶の中で混ぜ混ぜすると、素知らぬ顔して商い続けましたとさ」
 うへぇー、汚い、穢い。犬丸と猿橋、顔を見合わせ顔を顰める。
「いいか、おい、これって平安時代のことだぞ、800年も前からあったんだ、前代未聞でもなんでもないじゃんよ」ぷふぁー。
 雉野又、一気にしゃべってビールもどきを飲み干した。口中にビールっぽい苦みと泡の刺激が広がりこそすれ、偽物はやっぱり偽物で、ひと味たりない。あ、そうだ、醸造用アルコール混ぜたら美味くなるんじゃないか。ナイスアイデア! でも、それだと第三のビールになっちゃうな。
「あのう、すいませんけど」

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