小説

『テロテロ坊主ゲロ坊主』ヰ尺青十(『オイデプス』『人、酒に酔ひたる販婦の所行を見る語:今昔物語集巻三十一第三十二』『太刀帯の陣に魚を売る媼の語:同巻三十一第三十一』)

 雉野又は困った。総合的抜本的調査をって言われてたけど、原因は家庭の貧困とストロング酎ハイしか無いではないか。提出する報告書にどう書けばいいのか。それに、そもそもこの若者はバイトテロをやってないし。

 翌週、途方に暮れてる雉にスマホが震えた。
「あ、雉野さん、いや、雉野又さん。県警の鴨臼ですが」
「あ、こないだはどうもお世話になりまして」
 ゲロの店舗を特定してくれた刑事である。動画の犯人が捕まったとのことで、唐揚丼屋の親爺だった。長虫ヶ原森林公園事務所から通報を受けて駆け付けてみると、親爺が刺身包丁で蛇の身を削ぎ切りにしてる。一口大にされたそれは白くてぷりぷり、ヘルシー切身丼の身にそっくりだ。その様子を撮ってるのに事情を訊くと、
「あ、いや、あの、マムシがいると危ないんじゃないかとか思って」
 親爺、出まかせ言って胡麻化そうとするも、マムシでないのは一見して明らかだ。
「それ、シマヘビだろ」
「え、あの、最近ED気味なんで、その、マムシ食って元気つけようとかって」
「だから、それ、シマヘビだっての。ちょっと署まで来てもらうよ」
「いや、これはシマった、間違えてシマった、はは」
 親爺、親爺ギャクも虚しく刑事に引っ張られると、あっさり落ちた。動機は商売敵から客を奪い返すことで、蛇から切身丼つくる動画撮って〈蛇切身丼の魚野屋で~す〉、SNSでデマ流そうと画策していたという。
 ゲロ動画の件についても自供を始め、同じ動機で親爺自らバイトとして魚野屋に潜入し、動画を撮影した。さいわい、モノはお玉で掬ったけの汁であって、吐瀉物ではないという。
 これを受けて、後日、小出節を呼び出して〈面通し〉を行ったところ、
「あっ、間違いないっす、この人、バイトしてたっす」
 確信を持って親爺を指差す。他が10代20代ばかりだから、親爺のような中高年のバイトは珍しかったのだろう。かくて証言も取れたことだし、立件は確実だ。 
 だが、刑事には、不可解な思いが残った。動画の最初の場面で小出節がゲロを吐いていたが、どうしてその日に親爺とシフトが重なったのだろうか? それは、まあ、偶然ってことでいい。しかし、それにしても、どうして小出節は、親爺が後ろ姿を撮影している時にタイミング良く嘔吐したのだろうか? 親爺には嘔吐を予見できるわけが無いのに。
 これもまた、突き詰めれば偶然と言う以外にない。親爺は先ず、自ら鍋にモノを投入する場面を撮って〈当店名物ゲロの汁〉とのテロップを入れた。しかし、これだけだと、場所が飲食店の厨房だとわかりにくい。そこで、日を改めて、誰でもいいから割烹着姿のバイトが厨房で働いてる後ろ姿を追加で撮影していたのだ。そのバイトがたまたま小出節であり、本人も親爺も予期せぬまま、たまたまゲロを吐いたのである。結果、親爺としては、これ幸いと同場面を活用し、時系列を逆転させて動画を編集したのである。
 親爺は観念した。起訴有罪は確実で、賠償請求も莫大だろう。自死を選んだのが留置場で見つかったのは、面通しの翌日未明であった。
 ところで、誰も知らない偶然がもう一つある。親爺は幼時に生き別れた小出節の実父で、結果的に息子の証言が命を絶たせたのである。

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