小説

『をと』鴨カモメ(『浦島太郎』)

 ピロリン
 間の抜けた音が鳴り、スマホを手に取る。それは幼馴染のカズからだった。画面を見た瞬間、俺はオエっと顔を歪めた。
 そこに映っていたのは不気味な魚の画像だ。一緒に映っているカズの愛犬コロの何倍もある大きな身体は銀色に光り、頭から伸びた触手のような背びれと、意外にもかわいらしい目が余計に不気味さを増していた。
『海岸でリュウグウノツカイ発見』
 リュウグウノツカイは度々、ワイドショーなどで取り上げられる大型の深海魚だ。カズは犬の散歩中に砂浜に打ち上がったリュウグウノツカイを見つけたのだろう。何枚かある写真の最後は満面の笑みを浮かべたカズとリュウグウノツカイの自撮り写真だった。
「カズは変わってないな」
 カズと俺は小さな頃からの悪ガキ仲間だ。子どもの頃はヘビや虫を捕まえていたずらをしては大人たちを困らせてきた。でもどんないたずらも俺のばあちゃんにだけは敵わない。いたずらをした最後にはばあちゃんにこっぴどく叱られる。それが俺たちのお決まりだった。

 カズのやんちゃな笑顔は眠っていた俺のイタズラ心を刺激した。キャッキャッという笑い声に目をやれば妻の絵里が最近ハイハイをできるようになった息子の哲太と遊んでいた。彼女はこの手の不気味な生き物が苦手だった。
「絵里、わっ」
 グロテスクなリュウグウノツカイの画像を彼女の顔の目の前に突き出す。するとそれと同時にスマホが鳴り出した。
 ピンピロピンピロ
 音に興味を惹かれた哲太が手を伸ばす。絵里は首を傾げながら俺を見上げた。
「何? お父さんから電話みたいだけど?」
 確かに画面は『着信 父』になっていた。タイミングの悪い親父め。俺は小さく舌打ちをして通話ボタンを押すとぶっきらぼうに電話に出た。
「もしもし」
「あ、もしもし次郎か」
 いつもウザいくらいに明るい親父の声は暗かった。そんなテンションでこられたら何か重大なことが起きたってことくらい誰にだってわかる。
「なんだよ親父、何かあった?」
「急なことなんだがな。今朝方にばあちゃんが亡くなったんだ。だからこっちに戻ってこい」
 俺は耳を疑った。父方のばあちゃんは今年で98歳になるが、とても元気な年寄りだった。つい先日、帰省した時も8キロある哲太を平気で抱っこしていたばかりだ。

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