小説

『をと』鴨カモメ(『浦島太郎』)

 浦太郎のことですから、この箱の存在を知った時、ばあちゃんのヘソクリだなんて言っていたのではないかと思います」
 親父はそこまで読むと頭を掻き、みんながそれを見て笑った。そしてコホンと咳をするとまた読み始めた。
「残念ながらここにはお金は1円も入っていません。でも箱の中には、ばあちゃんにとってお金よりも大事な宝物を入れてきました。
 だから火事にあったときも浦太郎とこの箱だけは命を懸けて守ったのです。
 この箱は結婚するときにじいちゃんが私にくれたものです。
 この中に二人の宝を入れて、おじいさんおばあさんになった時に一緒に見返そう。そして齢を取ったねと笑い合おう。じいちゃんはそう言いました。
 でも残念ながらじいちゃんは若くして亡くなってしまいました。
 浦太郎とふたり残された私は辛いこともありました。でもじいちゃんとの約束を守るため、この箱を宝でいっぱいにしようと頑張りました。
 そしていつしか二人きりだった家族が浦太郎とのり子さんが結婚し、孫の次郎が生まれて、絵里さん、そして哲太くんとこの箱は宝物でいっぱいになりました。
 そして気付けばをと姫はしわくちゃのおばあちゃんになっていました。この玉手箱はばあちゃんの人生です。
 みなさま、ばあちゃんの人生を宝でいっぱいにしてくれてありがとう。

 さて、ばあちゃんはそろそろ竜宮城に戻らなければいけません。これからはばあちゃんはじいちゃんと一緒に竜宮城からみんなのことを見守っています。
 お元気で。さようなら
をと」
 親父は手紙を読み上げると鼻をすすった。
「ばあちゃんらしい玉手箱だったな」
「煙出なかったわね」
 おふくろは少し残念そうだった。
「出ないに決まっているだろ」
 親父は呆れて言った。

 
 ピンピロピンピロ
 緊張感のない音楽が手紙の余韻をぶち壊す。スマホの画面を見るとカズから電話が来ていた。俺は隣の部屋へと移動してカズの電話を取った。
「もしもし」
『あ、もしもし、次郎? お前こっちきているって本当かよ?』
「ああ、ばあちゃんが亡くなってな」
「ばあちゃんが? お前変な冗談言うなよ」
 カズは信じられないのか念を押して聞いてきた。
「本当だよ。今日の朝に息を引き取ったんだよ」
 俺の言葉にカズは『え? え?』とうろたえていた。
「どうしたんだよ?」
『いや、俺、お前のばあちゃんについさっき会ったんだぞ』
「え? 何言ってんだよ。あり得ないから」
『俺リュウグウノツカイ発見したって言っただろ? それを地元のテレビ局にでも言いにいこうかと思ったら、お前んちのばあちゃんが来てよ。見世物にするなって怒られて一緒に海に流したんだよ。でもお前んちのばあちゃん高齢だし、一人で帰れたのか心配になって電話したんだけど……』
「え?」
 俺は電話越しのカズとともにわけが分からなくなっていた。

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