小説

『デンデンムシ』長月竜胆(『デンデンムシノカナシミ』)

 一匹のデンデンムシがありました。
 ある日、そのデンデンムシは大変なことに気が付きました。
「何ということでしょう。私は今までうっかりしていたけれど、私の背中の殻の中には、悲しみが一杯つまっているではありませんか」
 この悲しみは、どうしたらよいでしょう。
 デンデンムシは、お友達のデンデンムシのもとを訪ねました。
「私はもう生きていられません」
 そのデンデンムシは、お友達のデンデンムシに言いました。
「一体どうしたというのですか?」
 お友達のデンデンムシは聞きました。
「私は何という不幸せな者でしょう。私の背中の殻の中には、悲しみが一杯つまっているのです」
 とデンデンムシが話しました。すると、お友達のデンデンムシは言いました。
「あなたばかりではありません。私の背中にも悲しみは一杯です」
 それでは仕方ないと思って、デンデンムシは、別のお友達のところへ行きました。すると、そのお友達も言いました。
「あなたばかりではありません。私の背中にも悲しみは一杯です」
 そこで、デンデンムシは、また別のお友達のところへ行きました。
 こうして、デンデンムシはお友達のもとを順々に訪ねて行きましたが、やはりどのお友達も同じことを言うのでした。
 とうとうデンデンムシは気が付きました。
「悲しみは誰でも持っているのだ。私ばかりではないのだ。私は私の悲しみを背負っていかなければならない」
 そして、このデンデンムシはもう、嘆くのをやめたのです。
 殻の重みは変わりません。それでも、デンデンムシの気持ちは、高くそびえる入道雲をたたえた青空のように、不思議と晴れやかでした。

 ところが、その帰り道のことです。
 デンデンムシは、衝撃的な光景を目の当たりにします。あまりの驚きに、いつもの倍も角を伸ばしてしまうほどでした。
 デンデンムシの視線の先にいたのは、なんと殻を持たないデンデンムシです。
 人間ならば知っていたでしょう。それはナメクジという名の生き物で、デンデンムシとは全く別の生き物です。しかし、デンデンムシはそのことを知りませんでした。今までに、見たことも聞いたこともなかったのです。
 そして、デンデンムシが驚いたのは、その姿形が不思議であったからというわけではありません。誰もが悲しみを殻につめて背負っている。それが宿命であり、生きるということである。そう結論付けた矢先のことであったからです。
「すみません。少しよろしいでしょうか」
 デンデンムシは、声をかけずにはいられませんでした。
「はい。何でしょうか」

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