小説

『デンデンムシ』長月竜胆(『デンデンムシノカナシミ』)

 殻を持たないデンデンムシは、角をそよ風に揺らぐ枝葉のようにゆらりと回しながら振り返ります。その仕草もやはり、悲しみから遠く離れたものであるように感じられて、デンデンムシはますます不思議に思いました。
「あなたは殻をどうしたのですか? 何故、背中に何も背負っていないのですか?」
 デンデンムシが尋ねると、殻を持たないデンデンムシは角を傾げます。
「何故、と言われても困ります。私は生まれた時からこの姿なのです。そう言うあなたは、何故、背中に殻など背負っているのですか?」
 問い返されて、デンデンムシも困ってしまいました。デンデンムシも、生まれた時からその姿なのです。お友達も、そのお友達も皆同じ姿であったので、疑問に思ったこともありませんでした。
 デンデンムシは、質問に答える代わりに言いました。
「私の背中の殻の中には、悲しみが一杯つまっているのです。私の友達も同じです。ゆえに私たちは、悲しみを背負っていかなければならないのです。そこへきて、あなたは何という幸せな者でしょう。殻がなければ、それの満ちることもないのですから」
 すると、殻を持たないデンデンムシは言いました。
「私にも悲しみはあります。それはあなたやあなたのお友達と変わりありません」
「殻がないというのに、あなたは悲しみをどこにつめ込んでいるのですか?」
 デンデンムシが尋ねると、殻を持たないデンデンムシは少し考えてから答えました。
「私の殻は、私の体の中にあるのです」
「体の中に?」
 デンデンムシは、角の先の目を風船のように大きくして驚きました。殻というのは、何かを覆うためのものです。それが体に覆われているというのは、天と地が逆にあるような、とてもおかしな話ではありませんか。
「それでは、あなたの殻は体の中にあって、その殻の中に悲しみがつまっているのですか?」
 デンデンムシが確かめると、
「ええ」
 殻を持たないデンデンムシは頷いて、それから言いました。
「悲しみばかりではありません。喜びも、怒りも、愛情も、憎しみも、全てがそこにつまっているのです。それらは常に色を変え、時に混じり合い、水溜まりのように様々な風景を映すのです。その殻の中身のことを、誰かは心と呼んでおりました」
「心? つまり、あなたが感じたことや思ったことの全てが、そこにあるというのですか?」
「その通りです。そして、それはきっと、あなたも同じでしょう」
 そう言われて、デンデンムシは、はたと気が付きました。これまで悲しみのことばかりを考えていたけれど、確かに今は、驚きが一杯につまっています。そしてよく探してみれば、悲しみとは違う感情が、多くたゆたっているのです。どうして今までそのことに気が付かなかったのでしょう。
 デンデンムシが考えていると、殻を持たないデンデンムシは言いました。

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