小説

『をと』鴨カモメ(『浦島太郎』)

「ああ、なんで俺はばあちゃんに似なかったんだろうなぁ」
 猿山のボス猿のような風貌の親父を見て、みんなが笑った。それでも子供の頃の親父をみつめるばあちゃんの目は愛情に溢れ、じいちゃんもまた親父のことを溺愛しているのが伝わってきた。
 箱に入れられていた小物は親父が大事にしていたブリキのおもちゃであったり、使いかけの鉛筆であったり、親父はそれをひとつずつ手に取ると懐かしさで胸がいっぱいになっているようだった。

 親父が小学生に上がるとその頃の写真は急に少なくなった。最後に撮られたであろう家族写真の端は茶色く焼け焦げて何度も握りしめたのか皺もついている。
「じいちゃんが亡くなったのはこの頃だ。きっとばあちゃんいつもこの写真を持って、俺に心配かけまいと頑張っていたんだな」
 親父の目頭が少しだけ潤む。働いていた旅館の前で若いばあちゃんが着物を着て立っている写真もあった。その顔は凛としていて強さと覚悟が感じられた。
 その後は親父の青春時代で野球をしているものや、海で遊んでいるもの、それらを1枚1枚説明する親父の顔は活き活きとしていた。

 写真はモノクロからカラーがちらほらと混じり、今度は花嫁衣裳を着たおふくろと紋付姿の親父の写真が出て来た。
「結婚式だわ」
 おふくろは今よりも痩せていて若い自分の姿に照れていた。ボス猿は大人になり、緊張した面持ちで正面を見ている。
「哲太ちゃん、じいちゃんの若いときでちゅよ」
 親父は写真でいたずらしようと手を伸ばす息子に自分の写真を見せた。

「これ次郎君? かわいい」
 絵里が指さしたのは結婚式の下に埋もれている写真だった。ばあちゃんが片手で赤ん坊を抱き、タライの中で身体を洗っている。
「懐かしいわね。これは次郎が生まれたばかりの時よ」
 哲太よりも小さい俺にばあちゃんが嬉しそうに微笑みかけていた。ばあちゃんはまだ若く美人の面影を残している。
 他にも幼稚園で作った敬老の折り紙や、ばあちゃんの似顔絵が大事に取ってあった。俺は成長し、ばあちゃんも両親もどんどんと老けていく。

 最後の写真は2枚。俺と絵里の結婚式、そして哲太を抱くばあちゃんの写真だった。その下には桜模様の封筒が箱の底に入れられていた。
「手紙だ」
 親父はその手紙を広げるとみんなに聞こえるように読み上げた。

 
「皆さま。元気にしていますでしょうか。ばあちゃんです。

1 2 3 4 5 6 7