小説

『カンタービレ機関車』洗い熊Q(『とむらい機関車』)

 それは真夜中の電話から始まった。
 でも自分にとっては日常茶飯事な始まりだ。何時だってそうだ。彼奴は気遣いもなく電話を掛けてくる。

「――よう。起きてるか?」
 この時間なら普通、寝ていると思うだろ。そんな心配りをコイツに求めるのは馬鹿な事だとは知っているが。
「なんだよ。寝ていると思っていたら電話なんて掛けるな」
「――いや~悪い悪い。どうしても気になる謎があってよ」
 本当に悪い何てこれっぽちも思っていない癖に。そして相変わらずの酔いどれ口調。またしこたま呑んでいるな。
「――なあ。カンタービレ機関車って知ってるか?」
「はぁ? カウンター?」
「――カウンターじゃねぇよ。カンタービレ。カンタービレ機関車だよ」
「何だよそれ」
「――俺も知らん。だから訊いてるんじゃないか」
「こっちだって知らん。じゃ、それで終わりな」
「――待て待て。推理して欲しいんだよ、お前に」
「そんなもん知ってどうすんだよ」
「――それも知らん。でも気になるだろ?」
「うんな事で真夜中に電話なんかするな! 自分で調べれば良いだろ? ネットで検索かけて……」
「――じゃあ、よろしく頼むわ。探偵さん」
 そう言って奴は電話を切りやがった。
 奴とは大学同期の友人だ。何かある事にお構いなしに電話。奴が俺を探偵さんなんて呼ぶのも奴の勝手だ。
 ただ自分は想像やら妄想するのが好きなだけだ。
 大した問題でもない事を考え、推論し、答えを出して奴に披露する。まあ愚痴の類なのかも知れない。それを関心して興味ありありな顔で奴は聞いてくれる。それはそれで気分は良いのだが。
 何時の頃からか奴が言う様になった。俺の事を“探偵さん”と。

 それでは暫し自分の空想の世界にお付き合いして頂こう。いや妄想だったか。

 

 朝靄の様に水蒸気が立ち込める。地面にゆっくりと漂い波打ち、今か今かと力を溜め込む息遣いだ。
 黒光りする巨体の内部のボイラーには火室からの熱量が満載になった。シューシューと漏れ比し出る水蒸気はシリンダーを押し出したくてうずうずしている。
 燃料の石炭も満載。機関室に忙しなく往来していた野兎の運転手達も定位置に付いた様だ。
 乗客達もプラットホーム上から消えた。それぞれに客室の席に陣取って。
 ホームから人が居なくなるのをピンと立てた大きな耳で聞き取り、無造作に被っていた制帽を整えた野兎車掌が声を高らかに挙げるのだ。

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