小説

『Jacks or Better』柊野ディド(『ジャックと豆の木』『マザーグース』『ジャック・スプラット』)

昇りかけの朝陽が山際に黄色い線状の光を走らせていた頃のこと、街の外れでジャック・J・ジャックが畑の土に退屈を混ぜ込んで耕していた。すると畑に潜入していた重装備のJ国機動隊13名によって彼は瞬く間に取り押さえられ、逮捕された。罪状は殺人罪であり、今からちょうど2週間前にジャックが切り倒した巨大な豆の木とともに、雲上の城塞都市国家の市民11名を落下死させた疑いによるものだった。
ジャックはほどなく勾留された。警察署内の留置所に初回接見のため訪れた国選弁護人と称する男は、今後の手続き等について簡単な説明を済ませるとこう言い放った。
「いまや君はJ国の厄介者だぞ」
「そんな! あれは正当防衛だ! むしろ俺はこの国を守ったんだぞ!」
などとしばしの間叫喚していたジャックが落ち着きを取り戻した頃、その男はニイとほくそ笑むと、面会室の仕切り越しに何かヒソヒソと耳打ちをした。それを聞いてしばらくジャックは黙り込んだようだったが、ふと思い立ったように立ち上がると、撓んでいたアクリル製の仕切り板を蹴り壊し、まんまと留置所から脱走した。
それから3日間潜伏した後、ジャックは弁護人の男が耳打ちしたとある地下のバーを訪れた。もちろん人目につかないよう、ジャックはマスクにサングラスを掛けたままだった。カウンターに近づくと、白髪のマスターに向かってジャックは囁くように言った。
「ジャック・ダニエル氏に会いにきた」
それを聞いたマスターは微かに頷くと、店の奥の薄暗い小部屋へとジャックを案内した。そこには茶焦げたソファーに沈み込むように座る、数日前に国選弁護人と名乗った男の姿があった。
「待ち草臥れたぞ。それになんだその格好は」
冷笑を含みながら、男はウィスキーグラスを片手にそう言った。
「俺は脱走者なんだぞ! これくらいの格好をして何が悪い」
男に差し出されたウイスキーを受け取りながら、ジャックもソファーに座り込んだ。久しぶりの柔らかい感触だった。そしてサイドテーブルに置いてあったナッツをむしゃむしゃと食べ尽くした。食事も久しぶりだった。
「お前が公に指名手配されるようなことはない。言っただろ、お前はこの国の厄介者なんだ。こうなりゃ裁判を待つまでもなく、見つかったらその場で刑が執行されるだろうよ。誰にも見知られぬ間にな」
「どうしてそんなことに……。とにかく説明をしてくれ」
ジャックは一気にウイスキーを飲み込むと、吐き出すようにそう呻いた。
「まあ落ち着け。そうだ、脱走中はここらへんの様子がよく見えただろう」
「いや、ほとんど公園のトイレに篭っていたからな、街の様子などは知らん」

1 2 3 4 5 6 7 8 9