小説

『Jacks or Better』柊野ディド(『ジャックと豆の木』『マザーグース』『ジャック・スプラット』)

「なんだよ、せっかくの自由をそんなクセえところで謳歌してやがったのか。まあいい、教えてやろう。今日までにな、国内のおよそ11カ所でお前さんが切り倒したのと同じ巨大な豆の木が天まで育ったのよ。異常な繁殖力なんだそうだ。それでお前さんが豆の木の上で見た城塞都市国家、あれは今のところボブノヴィ王国と呼称されてるらしいんだが、新発見の小国ながら早速J国は裏で外交を始めたってわけだ。おそらく数ヶ月後にはJ国の自治州か何かになるんだろう。となると、お前さんが11人を落下死させたっていう事実は外交問題に発展し得るわけだ。お月様よろしく、J国もボブノヴィ王国には良い顔だけしてたいんだろう。お前さんを秘密裏に消して、ついでに11人は事故死ってことにすればいい」
「俺が黙ってりゃいいだけじゃないのか……」
「そうもいかねえのさ、役人にとっては。国のリスクは徹底的に排除されるもんよ」
ジャックは息が詰まったように黙り込むしかなかった。男は空になったジャックのグラスになみなみとウイスキーを注ぎ足した。
「どうしてあんたはそんなことを知ってるんだ。それにどうして、そんな俺を助けるようなマネを……」
「オレは裏の世界に顔が広いんでね。お前さんを助けたのは、そうだな、同族意識かな。それか単なる気まぐれよ」
「俺はどうすればいい」
「ひとり会わせたいヤツがいる。あとは自分で考えな」
ジャックは天を仰ぐようにして、しばらく天井を見つめた。そしてゆっくり顔を男の方に向けて言った。
「あんたの名前、あれが本名なのか」
「ああそうだ、オレはジャック・ダニエル。裏の世界ではバネ足ジャックとも呼ばれててな。脱獄させるのもオレの本業ってわけよ。まあ何か困ったことがあったらオレの名前を使うといい。下っ端のチンピラも少しは大人しくなるだろう」
ダニエル氏は誇らしげな表情のままウイスキーを飲み干した。

 

ダニエル氏の案内でジャックが向かったのは、郊外にある古風な屋敷だった。庭の畑は手が行き届いて、様々な野菜が植えられていた。ダニエル氏が屋敷のドアをノックすると男が現れた。その男を見るなりジャックは驚愕し、しばし呆然とその男を眺めた。ドアを開けた男の方もジャックを認め、ジャックと同じように口をあんぐりと開け放していた。ジャックとその男はヒゲの長さが違うだけで、瓜二つの顔と痩せ細った身体をしていたのだ。二人の様子を満足そうに眺めていたダニエル氏は言った。
「さて、そろそろ中に入れてくれないかね」
男は我に返り、二人の客人を屋敷へ招き入れた。中は天井が高く、ほとんどの壁は書棚と無数の本で埋め尽くされていた。部屋の隅ではなにやら実験器具のようなものが散らかっている。男が二人を置いていそいそとお茶の用意をしている間に、隣に座ったダニエル氏が囁いた。
「驚いたか?」

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