小説

『ポンポコポコポコカグヤヒコ』義若ユウスケ(『竹取物語』)

 恋人が車にはねられて死んだのでなんとかして蘇らせようと思った。でもその前にまずは復讐だ。おれは恋人をひき殺された怒りで体がクマンバチのようにふるえていた。犯人の男をぶっ殺して気持ちを落ちつかせないことにはとてもこのふるえはおさまらず、とうぜん、腰をすえてユミ子の蘇生にとりかかることも不可能だろう。おれはおれの家の台所の壁に「ほかならぬ壁よ。これからお前を何度も殴るよ」と告げて彼を何度も何度も殴りつけながら復讐の方法を考えた。すぐにひらめいた。
「その様子だと、どうやらなにかいいアイデアを思いついたようだね」とおれを見つめながら台所の壁がいった。
「ああ」とおれはこたえた。
「行ってらっしゃい」と台所の壁がいった。
 おれは弾丸のように家をとびだした。おれは神戸の繁華街にむかった。すぐついた。猛スピードで軽やかにおれは夜の繁華街をかけぬけた。すれちがう人々が時々おれのことを指さして「ねえあれ、侍じゃない?」といっているのがきこえた。バカなやつらだ。侍がすでに絶滅していることも知らずに道ばたですれちがった着物姿のちょんまげ男をつかまえて侍呼ばわりとは片腹痛い。げらげら。おれはちょんまげをゆらしながら突っ走った。前方に目当ての建物が見えてきた。おれはかけこんだ。階段をかけあがった。トポタカ第七ビル。四階。〈バー・ちび姫〉。おれはキックで扉をぶちあけた。店は混んでいた。
「おやおや、コードネームちょんまげじゃないか。どうしたんだいそんなに怖い顔して」とカウンターの奥からマスターが話しかけてきた。
 おれはスキップでマスターにかけよった。そうやってマスターを(なんだ、こいつ怖い顔してはいってきたからてっきりキレてるのかと思ったけどスキップをしているじゃないか。愉快なやつだ)と油断させておいて、間合いにはいるなりおれは彼のふところにとびこみ彼の白い首もとにナイフをつきつけた。
「わあ! なにすんだあ!」とマスターはさけんだ。
 客たちがいっせいにこっちをむいた。店内はしんとなった。
「コードネーム純白のマスター」とおれはマスターにいった。「いいからだまっていうことをきいてもらおうじゃねえか」
「いったいなにが目的だ!」とまっ白なひたいから汗をながしながらマスターはいった。
「ちび姫の卵をよこすんだ!」とおれはいった。
 客どもの間でどよめきがおこった。
「まさか、正気か?」とマスターがいった。
 ちび姫の卵とは、この〈バー・ちび姫〉が五年前にオープンした時から店の冷蔵庫に住みついて暮らしている一説にはマスターの娘とも愛人ともいわれているビー玉みたいにちいさなお女の子がつい先日産んだ卵のことだ。卵の父親についてはやっぱりマスターじゃないかという声やいやきっと尼ヶ崎の荒くれ者トルネード・ジョンにちがいないという声が常連客たちの間ではとびかっているがはっきりしたことはまだなにもわかっていない。
「たのむ! それだけは勘弁してくれ! 卵だけはどうか!」とマスターがいった。

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