小説

『ポンポコポコポコカグヤヒコ』義若ユウスケ(『竹取物語』)

その二時間後、もうすっかり日が暮れて夜になったころ、おれは散歩をおえて家にもどった。靴を脱ぎながら、おれは戦利品のペンギンの両腕を玄関に飾ろうとおもって上着のポケットに手をつっこんだ。しかし、ポケットの中をいくらさがしてもたしかに奪いとったはずのペンギンの両腕は見つからなかった。かわりに新聞記事の切りとりが一枚出てきた。おれは読んだ。そこには、
「蝶のように舞い蜂のように刺す。かつてモハメド・アリのファイトスタイルをさして使われていた言葉が、いま、一人の日本人に受け継がれようとしている。トルネード・ジョン(二十三)。彼はまさしくリングの上の詩人だ。プロボクサーとしてデビューしてはや二年。こなした試合の数は練習試合をあわせるとすでに二十を超え、そのすべての試合で彼はKO勝ちしている。彼の左フックはまるで恋人にキスでもするように、いとも簡単に相手の頬をとらえ、打ち砕く。つい先週の日曜日、自身の所属する心斎橋のボクシングジム〈竜王会〉でトルネード・ジョンはちよっとしたスパーリングを行い、対戦相手の意識を三日後までぶっとばした。三日後、病院で目をさました某プロボクサー(二十五)は、知らせをきいてかけつけたトルネード・ジョンにボクシングをやめる決意を打ち明けた。『まあ、やめる人もいるし、やめない人もいるけど、僕には関係ないですね』とトルネード・ジョンは語る。『リングの上で、限界までスピードをあげていって、つかみどころがない炎みたいにグラグラと、いつまでも踊っていたいだけなんです、僕は。相手はいるにこしたことないけど、べつにいなくてもかまわないんです。むしろいない方がいいかもしれない。あんまり弱いと殺しちゃうかもしれませんから』そういってトルネード・ジョンは不敵に笑う。大好物はナポリタンだそうだ。」という記事が書かれていた。
 おれは雷に貫かれたような気分だった。これは啓示だ、とおもった。つまり神様は、世界一の美人ニュースキャスターを手にいれたければまずはこの最強の若手ボクサーを倒してからにしろ、とおれにいっているのだ。そうにちがいない。おれはすぐに脱いだ靴をはきなおして家をとびだした。表の通りで黄色いタクシーをつかまえてとびのった。
「心斎橋まで!」とおれはいった。
「よし来たあ。ぶっとばしますぜーい」といって運転手はアクセルをふみしめた。
 おれを乗せた黄色いタクシーはまるでものすごく足の速いバナナのように颯爽と夜道をかけぬけた。すぐに心斎橋についた。
「財布はあるがお代はやらねえ!」とはきすてておれはタクシーをおりた。
「そんなばなな!」といって運転手は運転席のうえでとびあがりリスに変身した。
 ショックでリスに変身する人もいる。そういうことだろう。おれはキュートなリスに「あばよ」と告げてけたたましくタクシーのドアを閉めた。それから、
「竜王会はどこだあ!」といいながらおれは心斎橋を駆けまわった。
 すると、
「竜王会はこっからだとちょっと遠いぜ?」といって上裸ジーンズ姿のムキムキマッチョな若者が道をおしえてくれた。
 おれは上裸ジーンズ姿のムキムキマッチョな若者に礼をいっておしえられた方角へ歩きはじめた。十分でついた。看板に明かりがついていた。玄関のまえに立つと、スパーリングの音とおもわれる小気味いい破裂音が中からきこえた。おれは扉に手をかけた。その時だ。
「そうそこ、正解」といって誰かに背後から声をかけられた。

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