『いつか、翼が』川瀬えいみ(『鶴の恩返し』)
翔子の生まれた町には、十月になると越冬のために大陸から鶴がやってくる。やってくるのは、主にマナヅルとナベヅルで、それぞれ百羽前後。稀に、ごく少数のクロヅルが混じることもある。 この町に鶴の中規模越冬地を創出しようとい […]
『浦芝』太田純平(『浦島太郎』『芝浜』(落語)』)
いつもは白い砂浜も夜になるとどこか神妙な雰囲気であった。ここは海岸沿いの町「浦芝」。静かに揺れる穏やかな波。そこへ背広姿の男がふらふらとやって来た。 「ったく部長もよぉ! 部長も……」 彼はアルコールで小脳の機能が低 […]
『君に見せたかった、ふるさとの花』さくらぎこう(『西行法師作「山家集」「願はくは花の下にて春死なんそのきさらぎの望月の頃」』)
若さを失った代わりに得るものがあるはずだった。豊かな経験は若い時にはなかった自信へと変わっていくと思っていた。 平凡な人生だったが、目の前のことをひとつひとつ乗り越えながら生きて来た。子どもたちも育て上げ、家庭を守り […]
『走れ、悪役の津島』ラケット吉良(『走れメロス』)
王野は激怒した。必ず、かの邪知暴虐の後輩をサークルから、しまいには大学から追放せねばならぬと決意した。 邪知暴虐の後輩とは他ならぬ僕、津島の事である。 王野は、軟式テニスサークル”シラクス”の主将。そのくせテニスな […]
『花に嵐のたとえもあるが』川瀬えいみ(『海女と大あわび』(千葉県御宿町))
彼の趣味は海釣り。 磯釣り、防波堤釣り、稀に船釣り。よほどの荒天でない限り、休日は海に出掛けていく。 日本は四方を海に囲まれた島国なんだってことを、私は、彼と付き合い始めてから、小学校の社会の授業以来数十年振りに思 […]
『私ととある料理人の話をしよう』柑せとか(『注文の多い料理店』(岩手県))
私がその青年と初めて出会ったのは、病院の待合室。その日のことは今でも良く覚えている。 なんてったって、青年はソファを大きく陣取って、ぐーすかと大いびきをかいて寝ていたのだ。オマケに何やら大きな荷物を床に置いているもの […]
『彫刻男とカラス女』井上苺(『鉢かづき姫』(大阪府寝屋川市))
明け方間近、駅のロータリーは透き通るような薄闇だった。 始発で帰ってきた悠次郎は、マスクを外し息をついた。バス停の前で、酔い覚ましに買ったペットボトルの水を飲み干すと、時刻表に目をこらす。歩いて帰るか、バスを待つか。 […]
『なんとなく楽しい日』真銅ひろし(『浦島太郎』)
ある日突然タイムカプセルを思い出した。 「なんて書いたっけ・・・。」 小学6年生の時に書いた未来の自分への手紙。全く思い出せる気がしない。 「・・・。」 スマホで自分の小学校を検索する。『福島県 海野小学校』と打ち […]
『ムのこと』上田豆(『姨捨山(大和物語)』(長野県))
ムは、子どものようでもあり、また思春期の少女のようでもあった。あるいはただの、はだかんぼうの大人の女だった。いまわたしは、ムのことを少女や女と言ったけれども、ムは女でもあるいは男でもなかった。もしくはその両方であるのか […]
『イチゴ沼』柿ノ木コジロー(『おいてけ堀』(東京))
そのイチゴの無人販売はずいぶんと前から噂にはなっていた。 夜勤帰りのことだ。長い直線道路の途中、路肩に立つ販売中の幟が視界に入った時、俺はアクセルから足を離した。 ここのイチゴは粒も大きく、甘いことでも有名だった。 […]
『葡萄』白川慎二(『檸檬』梶井基次郎)
頭が熱く、こめかみの辺りが脈打つたびにギシギシと軋るように痛む。胸の上には鉛のように重い暗黒の情念――怒り、焦り、孤独感、中途半端な諦念、それらを総和して、それ以上のものになった不吉な塊――が居座り続けている。この身内 […]
『われてもすえに』霜月透子(『詞花和歌集 巻第七 恋上 229番歌』)
――ない。 加代子が手提げについていたはずの根付けがないことに気付いたのは、バス停で乗車用の敬老パスを取り出そうとしたときだった。 普段はそこにあることなどすっかり忘れていたというのに、なくなったことには気付くなん […]
『傾国』椎名爽(『刺青』谷崎潤一郎)
都会に出てきて一年。男の一人暮らしは悲惨だ。床に寝転がり周りを見渡す。散らかった狭い部屋。山積みにされた教科書。早々に自炊を諦めたからキッチンはきれいなまま。俺の部屋の中で異様に浮いている。 偏差値だけは高い大学の文学部 […]
『ウラもおもてもナイ』ウダ・タマキ(『別後 野口雨情』)
「出てけ! ふざけんな!」 「えっ」 「えっ、じゃないわ! ドアホ!」 潤んだ目を丸く見開き俊太が固まった。何も言い返せないのがまた、腹立たしい。 「はよ荷物まとめろ! いや、私がまとめてドアの前に置いとくから明日の朝 […]
『おじょもが通る』森本航(『おじょも伝説』(香川県))
私は、その人を常に「おじょも」と呼んでいた。 ――というのは小学生の頃までの話で、だから高校の入学式、同じクラスになった彼に「あ、おじょもやん」と声をかけると、露骨に怪訝な顔をされた。呆れたようなため息のオマケつきで […]
『ヨコシマ太郎』木暮耕太郎(『浦島太郎』)
窓の外、ひぐらしが盛大に鳴いている。西日が差し込む部屋でTシャツを脱いで甚平に着替えた。スマホの画面にLINEのポップが上がる。「6じごろ、橋のとこ集合で。水野も行くって。」石田からのメッセージを横目に見ながら1階へ降り […]
『長靴にはいった猫』洗い熊Q(『吾輩は猫である』)
吾輩は長靴に入った猫である。 名前はニャー助を名乗っている。これは主人様が付けてくれたニャなのである。 なぜ吾輩が長靴に入っているのか。 それを知って貰うのに、ちょっと長い話に付き合って貰わなければにゃらない。 […]
『桜の精と殺人事件』日下雪(『桜の森の満開の下』(三重県鈴鹿峠))
私が通っておりました高等学校は、由緒正しい昔ながらの女子校でしたが、重苦しい建物やきらびやかなシャンデリア、そんなものに増して素晴らしかったのは、石畳の道を彩る見事な桜並木でございました。春になると辺り一面色づいて、風 […]
『幸せは、みかんに包んで』沙月あめ(『蜜柑』)
八月の終わりは夏の終わりだ。日差しは温かく、私を取り巻く空気はぼんやりと蒸し暑い。けれど、吹く風はほんのわずかに冷気をはらんでいる。きっと、午前中まで降っていた雨のせいだ。風がびょお、と吹き抜け、私の頬をかすめる。薄手 […]
『望郷』太田純平(文部省唱歌『故郷』)
閑静な住宅街の曲がり角を折れて、狭い一方通行の道を歩いていた。電信柱に留まっていた蝉がジジッと鳴きながらどこかへ飛んで行く。吹き出る汗。もわっとした熱気が先の見えないアスファルトの上でゆらめいている。これだから夏場の営 […]
『うらら葛の葉』香久山ゆみ(『信太妻』(大阪府和泉市))
人間、くさい……。 カンカン照りの日射しがじりじり肌を灼く。アスファルトの照り返しもひどい。折畳みの小さな日傘など何の役にも立たぬ。ふらふら歩き続けて、ようやく目的地に辿り着いた時にはもう汗だく。 そもそもここに来 […]
『花咲兄さん』横山晴香(『はなさかじいさん』)
庭に置かれた骨壺に、枯れ木から雨粒が落ちる。 骨を埋めた穴に土を戻す。白の破片はすぐに見えなくなる。 妻は傍らに佇んで、私に傘を傾げてくれていた。雨の音に紛れてすすり泣きが聞こえていたので、私は何も言わなかった。 […]
『シコメとネグセ』永佑輔(『八百屋お七』井原西鶴『破戒』島崎藤村)
こんな趣旨のテレビ番組がある。 番組序盤、複数人の男女が歓談する。番組終盤、男たちが横一列に並ぶ。対面に女たちが横一列に並ぶ。ファーストペンギンとなる男がお目当ての女の前に立ち、「付き合ってください」とアタック。彼女 […]
『吾輩の猫である』裏木戸夕暮(『吾輩は猫である』夏目漱石)
拓朗が本を読んでいると、窓からひょいと猫が入って来た。 「お、来たか」 鼻先にペースト状の猫用おやつを差し出すと、ペロペロと舐め始める。 「お前、何処から来るんだよ」 ひと月前の夜。換気をしようと窓を開けると猫が入 […]
『それはズルい』真銅ひろし(『蜘蛛の糸』)
華奢で色白、艶のある長い髪、切れ長で淀みのない瞳、背は160位だろうか、隙のない凛とした姿、見ているだけで癒される存在。 それが清華麗子だ。 キヨハナレイコ、名は体を表すとはよく言ったもので、全く名前負けしていない。 […]
『あずかった夢』ウダ・タマキ(『ひらいたひらいた』)
全身に強く鈍い衝撃が走ったのは覚えている。周囲からいくつもの甲高い悲鳴があがったことも。あと、空が風景写真のように青くて車の色が赤かったこと。地面に流れる血も赤かった。 あぁ、俺はこのまま死ぬんだなって思った。二十七 […]
『鏡に映るもの』川瀬えいみ(『松山鏡』(新潟県松之山))
私は、物心がついた頃から、お兄ちゃん大好きっ子だった。それは、結婚して実家を出た今も変わらない。 三歳年上の優しくてカッコいい兄さんは、私の自慢。私が二年前に夫と結婚したのも、兄さんが『彼なら、里美を幸せにしてくれる […]
The one I want to meet
by Moe Haruno
Short Shorts Film Festival & Asia (SSFF & ASIA), one of Asia’s largest international short film fest […]
『古寺の怪』A. Milltz(『耳なし芳一』(山口県など))
時は元禄、所は長門国のとある峠。秋が足早に通り過ぎ、代わりに木枯らしが吹き始めた頃。 夜明け前、麓にある小屋の戸を激しく叩く者がある。 「何事か」 小屋の主が戸を開けると、男が倒れ込むようにして家に転がり込んできた。 […]
『もりそばをすする間だけ』いいじま修次(『まあだまだわからん』(山口県))
「……お前、そばすするの速いな」 呆気にとられたような顔でそう言った木下に、 「そう? 別に普通だろ」と、もりそばを食べている康彦は答えた。 大学生になった春。高校の時からの同級生である二人は、午前中の講義を終え、学 […]