小説

『走れ、悪役の津島』ラケット吉良(『走れメロス』)

 王野は激怒した。必ず、かの邪知暴虐の後輩をサークルから、しまいには大学から追放せねばならぬと決意した。
 邪知暴虐の後輩とは他ならぬ僕、津島の事である。

 王野は、軟式テニスサークル”シラクス”の主将。そのくせテニスなどほとんどした事が無く、軟式と硬式の違いすらろくに分からぬ。
 飲み会やカラオケで騒いでいるだけの非生産的なサークルの主将として、彼はかれこれ二年近く君臨している。そうして小さな箱庭の王様ごっこに興じてばかりいるから、進級はギリギリ。四年生の夏を迎えた今でも、就活の事など頭の片隅にすら無い愚か者である。
 けれども、自分の王国を荒らす輩に対しては、人一倍に敏感であった。

 かくいう僕は、他人がやっきになって憤慨する様を見て悦に浸るという、生粋のひねくれ者である。
 特に王野のように男前で、女や後輩を侍らせてふんぞり返っているようなヤツに迷惑をかけるのが生き甲斐であった。

 とある昼休み。王野に呼び出されて教室へ行ってみると、かけられた言葉がこれだ。
「津島。お前をサークルから追放する」
 見当はついていた。しかし一体どの悪行がバレたのだろう。
 王野の友人であったA氏に「王野が貴方の悪口を言っていましたよ」と匿名のメールを送り仲を決裂させた件か。それとも王野の彼女であったBさんのロッカーに「王野はCさんともDさんとも浮気関係にあった」と書置きして破局に追いやった事か。
「罪状は何ですか?」
「全部だ。昨日この紙が俺の鞄に差し込まれていてな」
 王野は一枚のレポート用紙を突き出した。そこには僕の行った悪事とその日時が、事細かに列挙されていた。なるほど、よほどの名探偵がいたと見える。
「これだけじゃないぞ。お前、昨年提出したレポートは全て剽窃だったようだな」
 僕は言葉を失った。
「もう裏は取れているんだ。さあ、今からお前を事務室へ連行する」
まずい事になった。
 レポートの不正は重罪だ。事務室に知れれば留年、退学という線もあり得る。
 焦りと混乱で悪知恵が機能しない。こうなったら一度この場から逃げ出して、ゆっくり対策と言い訳を考えて挑もう。日本酒の一瓶でも贈呈すれば、王野とて目尻を下げる事だろう。ひとまずここは戦略的撤退を。

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