小説

『走れ、悪役の津島』ラケット吉良(『走れメロス』)

 一方その頃。身代わりとして預けられた芹沢は、王野軍に包囲された椅子の上で、ニヤニヤと地獄を濃縮したような笑みを浮かべていた。
 彼もまた僕と同様、他人を憤慨させて楽しむ外道であった。性根はゾンビの頬肉のように腐りきって、へそは羊の腸の如く曲がりくねっている。
 そんな性格をしているから、僕と彼との間には不思議なシンパシーがあった。
 彼は彼でフットボールサークル“ディオニス”にて悪行をはたらきまくっており、何かしでかす度に、その迷惑度合いを僕と競い合っているような仲である。
 僕たちはこの競争を“悪役バトル”と呼んでいた。
「王野さん。あなた津島の事、何だと思ってるんです?」
「あいつは生意気で、クズで、度を超えた悪戯で迷惑をかけ、皆を怒らせて喜ぶ悪人だ」
「ですよねえ」
「何が言いたい」
「単刀直入に申しましょう。津島が帰ってくるわけ無いのです。友達を平気で犠牲にし、自分だけ生き残って笑っているようなやつです」
「だってお前さっき、握手してたじゃないか」
「あれは別れの挨拶です。僕は文字通り身代わりにされたのですよ。そもそもあいつに妹などいません」
 そう言うと芹沢はケラケラ笑った。
 王野が今にも芹沢を殴り飛ばしたい衝動をこらえていると、ドアが開き、一人の後輩が血相を変えて飛び込んできた。
「た、大変です! 津島が例の友人宅に現れたそうです!」
「やはりそうか。広瀬を買収しておいて正解だったな」
「それが、窓から飛び降りて逃亡したそうです!」
「何だって? 広瀬の家は三階だぞ!」

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