小説

『走れ、悪役の津島』ラケット吉良(『走れメロス』)

 広瀬がバイクを飛ばし、大学に到着したのは約束の三分前。
 必死で階段を駆け上がり、教室に滑り込んだのは丁度十九時になった瞬間であった。
「まさか戻って来るとはな」
 僕は王野を無視して、芹沢に殴りかかった。
「芹沢!」
「まあまあ落ち着けよ」
「これが落ち着いていられるか! 今回の事も全部お前が……」
 言いかけた時。僕は芹沢が異様にニヤニヤしている事に気付いた。
「津島。俺もお前も、事務室になんか行かずに済むぜ」
「何?」
 バンと大きな音を立てて、教室のドアが開いた。
「芹沢はどこだ!」
 叫びながら入ってきたのは、これまた二十名はあろうかという大所帯。彼らは芹沢の所属するサークル”ディオニス”のメンバーであった。
「俺のサドル返してもらうからな!」
「財布に納豆を入れやがって。弁償しろ」
「芹沢をこっちへ引き渡せ!」
 口々に喚く彼らの様子を見ていると、どうやら王野軍の面々と、芹沢を引き渡すか否かで揉めているようだ。ついには王野も巻き込んで殴り合いの喧嘩が発生し、教室内は大騒ぎになった。
「さあ、逃げるぜ」
 乱闘騒ぎに乗じて、僕たちはするりと教室を抜け出した。

 二人並んで夕暮れの道を歩く。
「まさか、自分をエサにしてサークル同士を戦わせるなんてな」
「タイミングが完璧で助かったぜ」
 結局は全て、芹沢の筋書き通りだったというわけだ。
「にしても、これからどうしよう。剽窃の件がバレてるし、大学には行きづらい」
「王野も王野で、サークル費をこっそり懐に入れている悪人だからな」
 “シラクス”に属していた僕でさえ知らない情報を、何食わぬ顔で手に入れている芹沢はやはりすごい。悪役の素質がある。
「“ディオニス”にも悪いやつ多いから、その辺りを押さえて交渉すれば、今回の件は丸く収まるだろ」
「そうなのか」
「今回は俺の勝ちだぜ」
「何が」
「悪役バトル。あとラーメン奢れよ。約束だからな」
 その後は広瀬も呼んで、三人仲良くラーメンを食べた。
 悪役バトルに広瀬も誘ってみたが、眼鏡をクイと押し上げて断るばかりであった。

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