小説

『走れ、悪役の津島』ラケット吉良(『走れメロス』)

 さて、旧知の仲であった広瀬に裏切られ、三階から飛び降りる事を余儀なくされた僕は、運よく駐輪場のトタン屋根に着地して一命を取り留め、裸足のまま道路を駆け出した。
「くそ、どうしてこんな目に」
 そもそもなぜ、あの悪行が全て僕の仕業だとバレたのだろう。証拠隠滅には自信があるし、完全に水面下で動いていたはずだ。その事を知るのは僕と、悪役バトルでしのぎを削っていた芹沢くらい……。
 そこまで考えて、僕ははっとした。いやむしろ、今まで気付かなかったのが不思議なくらいだ。おぞましいニヤニヤ顔が脳裏に浮かぶ。
きっと僕の悪行を全て記録しておいて、頃合いを見計らって王野のロッカーに放り込んだのだ。
 しかしあいつのことだ、こうやって身代わりになる所まで予想がついているのだろう。何なら広瀬の存在をリークしたのもやつの仕業に違いない。そうして僕が捕まって引きずられていけば、彼はまんまと解放されるのである。
「そうはさせんぞ」
 今から教室へ戻って芹沢を確保し、一緒に事務室に赴いてやろう。そうして仲良く退学してやる。芹沢もレポートの剽窃をしていたはずだし、仮にしていなくとも、顔面が不適切等の理由で退学に処されておかしくない。
 僕は目立たない道を選びながら駅を目指した。財布とスマホだけはポケットに突っ込んで来たので、電車に乗れるくらいの小銭はある。
 しかしそこで僕の足は止まった。見よ、駅の改札を。急がば回れの精神で道を選びすぎた結果、王野軍に改札前を包囲させる時間的猶予を与えてしまったのだ。
 電車は無しだ。歩いて行こう。
 スマホで時間を確認すると、十六時を回ったところ。大丈夫、まだ三時間近くもある。大学までの距離はおよそ五キロ。徒歩で充分間に合う。
 僕は住宅街の路地をゆっくり歩く事にした。

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