明け方間近、駅のロータリーは透き通るような薄闇だった。
始発で帰ってきた悠次郎は、マスクを外し息をついた。バス停の前で、酔い覚ましに買ったペットボトルの水を飲み干すと、時刻表に目をこらす。歩いて帰るか、バスを待つか。残暑も過ぎ、空気はひんやりと気持ちいい。とりえずまだ一人でいたい。実家暮らしはこういう時、わずらわしい。
ふと、背後に気配を感じた。振り返ると、うわっと声が出た。
「んだよ」
街の案内板の右横に、大きな鉢をかぶった着物姿の女が座っている。
「こわいって」
石像だった。身を守るみたいに両腕を胸に当て、誰もいないロータリーをただ漫然と眺めている。無、だ。まだ酔いの残る悠次郎には、そう見えた。いつみても不気味だ。雨風にさらされ、輪郭が欠けた彼女を避けるように、案内板を挟んで石のベンチに座った。
飲み干したことを忘れ、ペットボトルに口をつけた。数滴の水が口に当たっただけだ。はーっと深くため息をつくと、昨夜のビールの匂いがこみあげた。
18時定時に区役所を出ると、覚悟を決めて待ち合わせ場所の居酒屋へ向かった。悠次郎は生ビール、彼女はカシスソーダでお疲れ様と乾杯し、悠次郎はごくごくと、ジョッキ半分、一気に飲みきった。ペース早いね、と言う彼女の言葉を遮って、打ち明けた。公務員やめて漫画家になりたいんだ。彼女はカシスソーダを一口飲むと、すーっと息を吸ってから、台風直撃の土砂滑りのごとく、金切声で言葉を崩落させた。辞めんでもいいやん。てか今さら? あのさ、つきあってもう二年て覚えてる? 言いたあないよ、でもな。私らの将来ってどうなん? もう来年、私ら三十路やで? こんなこと、言いたあなかったし、悠次郎から言ってもらえるのをさ、待ってたのに。息が切れたらしく、彼女は唇を噛み涙目で睨んできた。予想してたとはいえ、予想以上の反応だ。ようしゃべるなあ、と悠次郎は羨ましくなった。ジョッキに口をつけようとした悠次郎に、彼女は一瞥をくれた。他人に無関心すぎるわ、悠次郎は。ほんの束の間の沈黙ののち、彼女はカシスソーダを飲み干し、店を出ていった。まさか、ここまで言われるとは。取り残された悠次郎は、半分残ったビールを飲み干し、おかわりを頼んだ。三杯飲んで店を出て、コンビニで缶ビールを買いこみ、公園で夜を過ごした。