小説

『私ととある料理人の話をしよう』柑せとか(『注文の多い料理店』(岩手県))

 私がその青年と初めて出会ったのは、病院の待合室。その日のことは今でも良く覚えている。
 なんてったって、青年はソファを大きく陣取って、ぐーすかと大いびきをかいて寝ていたのだ。オマケに何やら大きな荷物を床に置いているものだから、嫌でも目に付くし、記憶に残るというものだ。

「なあ、君。そこは寝る場所ではないよ。他の患者さん達が迷惑しているよ。ほら、そこから起きなさい」
「あぁ、そんな大きな声を出さないでくれよ。こっちは、徹夜明けなんだ」

 そう言ってまた、大きく欠伸をするものだから、こちらも開いた口が塞がらないというものだ。
けれど、ここで会ったのも何かの縁だろうと思って、私は青年に色々と質問を投げ掛ける。青年は、ぶっきらぼうながらにも答えてくれた。

「君は何処に住んでいるのだい」
「山の中の奥のもっと奥だよ」
「君はどうして病院の待合室にいるんだい。怪我もしていなければ、病人でもないようだけど」
「仕事終わりだよ」
「仕事って、何の仕事だい」
「料理店を経営しているんだ。街には、材料の仕入れで来たのさ」

そう語る彼を見て、私は思わず「はあ?」と聞き返してしまった。
 だって髪は伸びっぱなしで服もぼろぼろ。到底料理店を経営しているとは思えない風貌なのだから、仕方ないと思う。

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