小説

『私ととある料理人の話をしよう』柑せとか(『注文の多い料理店』(岩手県))

 青年が、皿の上の男性を指さして言った。

「昔みたいに、生きてる人間を食うのは難しいからな。そういうやつを選んで料理してんだよ。怖いことなんか何も無い」

 人間だって、生きる為に動物を食うだろう。
 それと何が違うのだ。俺達も、生きる為に人間を食うのだ。

 青年の青い瞳が、そう語る。そして青年の口が、弧を描いた。

「さあ」

 召し上がれ

 結局私は、人間を食べることは出来なかった。青年は呆れた口調で、「仕方ない」と言っていた。
 人として生きて来た私が、今更山猫として生きることなんて出来なかったのだ。 
 だから私はこれからも、人間でも、山猫でもない存在として生きて行くと決めた。
 …一つだけ、良かったことと言えば。

「今日もよろしく頼むよ」
「お客さーん、どうせ持ち込むなら活きの良い人間連れて来てよー」
「僕が人間を食べないの、良く知っているだろう」
「あ、今日も来てくれたんすね!何作りやしょう!」
「今日は鶏肉が安くてね、これでさっぱりしたもの作れるかい」
「わかりやした!ボス頼んます!」
「俺が作るのに何でお前がそんな元気に返事してんだよ…あー、鶏肉でさっぱりなら、棒棒鶏にでもするか…」

 食べることがあまり好きでは無かった私に、行きつけの料理店が出来たことかな。

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