小説

『私ととある料理人の話をしよう』柑せとか(『注文の多い料理店』(岩手県))

 そう言うと、青年は情けないと言った。

 しばらく歩き続けると、流石にお腹が空いて来た。思えば、病院を出てから何も食べていないのだ。気付けばとっくに日は沈んでいた。
 木々に囲まれて右も左もわからなくなって、視界がぐわんぐわんと回って、足がもつれる。今にも倒れてしまいそうだ。
 その時、風がどうと吹いてきて、草はざわざわ、木の葉はかさかさ、木はごとんごとんと音を立てた。

「うわあ、凄い風だ…!君、大丈夫かい!?」

 目の前を歩いていた彼に声を掛ける。けれど驚いたことに、青年はあの強風の中、微動だにせずそこにしっかりと立っていたのだ。青年は振り返り、そして私を見て呆れたように笑った。

「やっぱり、鈍ってるなあ」

 そう言った青年の背後には、さっきまでは無かったはずの建物が見えた。それは、こんな山奥にあるのは不自然なほど立派な、西洋造りの建物。
 目を丸くしていると、青年はまるで自分の家に帰るかのような足取りで玄関へ向かう。そうしてくるりと私の方を振り返って、目を細めて、笑って、こう言った。

「ようこそ、先祖代々受け継がれてきた料理店

『RESTAURANT

WILDCAT HOUSE』へ」

「まさか、こんな山の中にこんな立派なお店があるなんて、まったく知らなかったよ。知る人ぞ知る、って類の店かい」
「まあ、そんなところだ。出来れば、太ってるヤツや若いヤツに来て欲しいところなんだがね、最近じゃそうもいかないんだこれが」
「そうなのかい。そういう人なら、こんな隠れた名店にも詳しいと思うけどねぇ」

 青年の後に続いて店の中に入る。入ってすぐは長い廊下になっていた。青年はずんずんと進んで行くので、私もそれについて行く。

 

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