無関心すぎるわ。居酒屋、公園、始発の電車。普段、他人の言葉など流してしまう彼だった。が、この言葉はどこに移動しても、チクリと心に居座っている。
「おはよう」
声がして顔を上げた。案内板の向こう隣り、屈んで覗いてみると、石像の前に女が立っていた。大きなつばの黒帽子をかぶり、顔は見えない。手にはサングラス、黒マスクをはめ、真っ黒なワンピースにピンヒール。肘までの黒い手袋をはめた腕をのばし、石像の頭を撫でている。不気味なことこの上ない。やっぱ帰ろかな。女が帽子をずらしてこちらを見てきた。悠次郎を上から下まで眺めると、すぐに帽子をかけなおした。
「田中悠次郎? だよね? 私、野中、野中仁美。高校一年の時に同じクラスだった。そう、誰にもなびかない彫刻男だ!」
彫りが深くて、やたらでかい。その呼ばれ方、嫌だったんだよ。悠次郎は高校時代を思い返してみた。ノナカヒトミ? 誰だっけ。薄闇の中、帽子とマスクに覆われた女を見ても思い出すわけもない。はよ帰って寝よ。違います、と言いかけて、チクリと心がうずいた。無関心すぎるわ。そんなことねえよ。座りなおすと、手で顎をさすりながらもう一度、考えてみる。ノナカヒトミ、ノナカヒトミ、野中仁美。姫、ヒメか? あの美少女の?
仁美は隣に座ると、足を組み頬杖をついた。ロータリーを眺めながら石像みたいに動かなくなった。校内で見かけるたびに、姫だヒメって男たちが騒いでたよな。妙な沈黙が漂った。名前しか知らないしな。覚えてるよと言うべきか、覚えてないと伝えるか。悠次郎も無言でロータリーを見つめた。ロータリーの真ん中、楕円形の芝生に目をこらしてみる。カラスが一羽、何かを探して歩いていた。
「相変わらず、かっこいいね。やっぱりモデルになったとか?」
それほどでもないですよ、と言えば嫌みだと言われ、そうですよねと冗談で返せば妬まれる。憮然として事実だけを告げた。
「公務員」
「モデル並みのルックスで、公務員。やっぱり、かっこいいね」
「それ、もう聞き飽きた。うんざりや」
「そっか、モデルみたいとか、かっこいいとか言われるの、すごく嫌がってたもんね」