小説

『ムのこと』上田豆(『姨捨山(大和物語)』(長野県))

 ムは、子どものようでもあり、また思春期の少女のようでもあった。あるいはただの、はだかんぼうの大人の女だった。いまわたしは、ムのことを少女や女と言ったけれども、ムは女でもあるいは男でもなかった。もしくはその両方であるのかもしれなかった。ムは、いつもなんにも身に付けてはいなかったが、そのからだはつるりとしたすべらかな陶器のようで、どんな性的な凸凹も有してはいないのに、その存在そのものがあるときたまらなく性的なのだった。それはいつもムの体温が高くて汗ばんでいるからかもしれなかった。
 物心ついたときには、すでにムはわたしにくっついて過ごしていた。わたしが行く先々にムはついてきて、わたしのブラウスの袖口を持ったり、わたしの腰や首に腕をからめたりしていた。どうやらムは、ひとりでは歩くことができないようだった。わたしが歩くのに合わせてムはついてまわった。
もっとも、ムがいなくなる時期もよくあった。ある朝起きたとき、朝通勤しているとき、たまごサンドにかじりつくとき、わたしはふとムの不在に気づく。でも、ふしぎなことに大半は、ムがいなくなったことにすら気づかない。そしてたいていは、「ただいま」とムが微笑んでわたしのからだに腕を絡ませるとき、首筋にキスをするとき、それまでのムの不在を強く知るのだった。
水野くんと出逢った23歳のある夜、ムはあらわれた。もっとも、水野くんの存在を認識したのは随分前のことだが、わたしがほんとうに水野くんに出逢ってしまったとき、ムははっきりとその姿をわたしの前にあらわした。
その夜、エアコンが切れて寝苦しくて目が覚めると、ムがわたしのからだの上にその海豚のような体を浮かべて、微笑んでいた。ムのお腹(のような部分)とわたしのお腹の接点はじっとりと熱がこもり、どちらのものとも分からない汗でぬらぬらと濡れていた。ムはさながら、湖に浮かぶ一艘のボートだった。わたしは、ムを浮かべる一枚の湖だった。

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