小説

『ムのこと』上田豆(『姨捨山(大和物語)』(長野県))

 水野くんの体は頂上に近づくにつれて重みを増し、ほとんど前に進まなくなった。わたしは、水野くんの重い体を背負って這った。
いつの間にか、履いていた靴は壊れて脱げ、ごつごつと尖った石や岩、木々の欠片がわたしの足を切った。岩を這うわたしの両の手のひらを切った。わたしの若くて柔らかい足の裏や手のひらの皮膚は容易く血を流し、月の光がその流血の跡を照らして見せた。わたしの這って通ったあとには黒々とした血がぬらぬらと続いた。
血と汗で、手足に土や枯葉がくっ付いては剥がれ、わたしを何度も滑らせ転ばせた。その度にムは、わたしの背中から転げ落ち斜面に投げ出されてしまうので、ムを抱え上げてまた背負い直さなければならなかった。
 ムは、呪いのようにぐんぐん重くなった。ムの体の重みで、わたしはわたしの胸や腹を地面に打ちながら這った。
わたしの姿はまるで自由を奪われた奴隷だった。這ううちにいつの間にかわたしのちっぽけな衣服は擦り切れて破かれてどこかへいってしまった。むき出しのわたしと水野くんは、木の枝に打たれ岩に切られ血だらけだった。
わたしたちの全身は、わたしの汗と血と、背負われる水野くんの汗と血とで粘膜に包まれたようにぬらぬらと光っていた。それは月の光に照らされて、さながら女の産道からたった今滑り落ちたばかりの双子の赤子のようだった。血と汗でできた粘膜は、双子と世界とを分かつ生温かな羊水だった。

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