小説

『あずかった夢』ウダ・タマキ(『ひらいたひらいた』)

 全身に強く鈍い衝撃が走ったのは覚えている。周囲からいくつもの甲高い悲鳴があがったことも。あと、空が風景写真のように青くて車の色が赤かったこと。地面に流れる血も赤かった。
 あぁ、俺はこのまま死ぬんだなって思った。二十七年という人生に悔いは・・・・・・ない、かな。

 ひぃらいたぁひぃらいたぁ

 パチンコ台に向かい、アタッカーが開くと決まってこの歌が頭の中を巡る。吸い込まれていくパチンコ玉を目で追っていると、歓喜をはるかに上回る強い虚無感が俺を襲った。

 何やってんだろ、俺-
 六時間の滞在時間で得た金は一万円と少し。てことは、時給換算で二千円足らず。得た金額以上に失ったものが大きいような気がしてならない。
 歩道ですれ違った同年代のサラリーマンが、ジャケットを小脇に抱えて額の汗を拭っている。ひと仕事終えたばかりなのか、その顔は達成感に満ちていた。
 春から夏へ移ろうこの頃は、働いて汗が流れてもおかしくない季節だと知る。日々、アパートとパチンコ屋を往復する俺には、季節を感じる心はなかった。
 
 つぅぼんだぁつぅぼんだぁ

 開いた花がつぼむ歌詞を母ちゃんは歌わなかった。
 美しく咲いた花がつぼみ、やがて枯れてしまうのは世の常だ。
 第一志望の大学を卒業したまでは良かったが、競争社会の波に飲み込まれた俺はドロップアウトした。心に咲いていた花は、つぼんだ。
 友人達が一流企業で安定した地位を確立しつつあるのを知ると、俺は彼らと距離を置くようになった。まさか職を転々としているとは言えない。いい加減、定職を見つけたいとは思っているが自信が伴わない。
 肩を落とし背中を丸めて小さくなった俺は、どこからかあがる叫び声を聞いた。その訴えに反して今にも泣きそうな声だった。
「待てぇー!」
 視線を向けた先には、慌てて自転車に飛び乗る男の姿。自転車泥棒だ。中学生くらいのガキは精一杯声を張り上げはしたが、コンビニの袋を片手に呆然としていた。
 足が速いことだけが取り柄の俺は、咄嗟に背筋を伸ばし、強く地面を蹴って駆け出した。
 ガキが可哀想だなんて気持ちは毛頭なかったし、正義のヒーローになりたいという気持ちが湧き起こった訳でもない。ただ、このやり場のないモヤモヤと、己に対する嫌悪感を爆発させるにはチャンスだと思った。自転車泥棒をとっ捕まえ、胸ぐらを掴んで一発くらい顔面にパンチを浴びせても罪に問われはしないだろう。

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