小説

『鏡に映るもの』川瀬えいみ(『松山鏡』(新潟県松之山))

 私は、物心がついた頃から、お兄ちゃん大好きっ子だった。それは、結婚して実家を出た今も変わらない。
 三歳年上の優しくてカッコいい兄さんは、私の自慢。私が二年前に夫と結婚したのも、兄さんが『彼なら、里美を幸せにしてくれる』と太鼓判を押してくれたから。
 その兄さんから、『家族に婚約者を紹介したいから、里美も家に来てくれ』と連絡がきた。
 寝耳に水。兄さんにそんな人がいるなんて、私は全然聞かされていなかった。
 だから、私は、その日、兄さんがどんなに素晴らしいひとを連れてきたって、私はきっと気に入らないんだろうなあ――なんて思いながら、両親と兄さんが暮らしている実家に向かったの。
 まさか、そこで、あの女――伊藤真理子に会うことになろうとは。
 よりにもよって、あの女。ダサくて可愛げがないのに超自惚れ屋のあの女が、兄さんの婚約者として、私の前に現れるなんて。
 その事実を認知した瞬間から、私の気持ちは、『きっと気に入らないんだろうなあ』から『断固反対!』へと切り替わった。

 実は、兄に婚約者として紹介されるひと月前に、私は十五年振りに彼女に再会していた。積極的に認めたくはないけど、子どもの頃とは打って変わって、誰もが目をみはるような美人に変身した伊藤真理子に。
 私と真理子は、同い年の同学年。小学校中学校と同級生。あの頃の真理子は地味で目立たない女の子だった。俗にいうスクールカーストの最底辺で蠢いてるダサ子ちゃん。
 学校に着てくるのは、古い個人経営の洋品店の隅で何年も売れ残ってたような服。週の半分は、白いブラウスと紺色のスカート。履いてるのは運動靴か、履き心地だけを重視した黒いローファー。髪の毛は金太郎人形みたいに時代錯誤なおかっぱ。髪を結んだり、アクセサリーをつけたりすることもない。トレードマークは、古ぼけた布製の手提げ袋。
 とにかく、真理子はダサい子どもだった。
 大人しくて引っ込み思案のダサ真理子がいじめられずにいたのは、不潔感がなかったのと、勉強ができたから。その二点――特に後者に負うところが大きかったと思う。

 真理子は、高校は、私の中学からはただ一人、県内公立でいちばんの進学校に入学した。大学は、うちのひいお祖母ちゃんでも知ってるくらい有名な東京の大学。そのまま東京の大企業に就職した。――というところまでは、ほぼリアルタイムの噂で聞いていた。
 私はといえば、ごく普通に市内の高校に進んで、県内の短大を卒業。ずっと実家住まい。当然、真理子には、中学の卒業式以来、会っていなかった。
 その真理子が、今になって故郷に帰ってきたわけよ。私の勤め先に、直属じゃあないけど、私の上司として。
 東京本社で新卒採用された真理子は、お父さんの定年退職に合わせて地元支社への異動願いを出し、それが聞き入れられた――って流れらしい。
 真理子は、県内統括本部の総務企画部長補佐という大層な肩書きを背負って、私の勤め先にやってきた。しかも、半年経ったら『補佐』の二文字が取れるらしいって噂つき。

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