小説

『鏡に映るもの』川瀬えいみ(『松山鏡』(新潟県松之山))

 対する私は、地方支社採用の、しかも契約社員。業務内容は、日々発生する書類の整理とデータ入力。誰にでもできるルーチンワーク。
 二人の立場の、何て違い。見事な逆転劇。
 逆転劇なんて、逆転する側の人間や観客には痛快かもしれないけど、逆転される側の人間にしてみたら、この上なく面白くない事態よ。
 東京本社から、私と同じ三十歳の女性管理職がやってくるっていう話は、着任二週間前には知らされてた。その名を聞いて、もしかしたらと思ってもいた。とはいえ、伊藤真理子なんて、ありふれた名前だし、確信は持てずにいた。
 なのに、噂の女上司は、紛う方なく私の元同級生の真理子だった。ほんと、最悪。

 十五年ぶりにオフィスで真理子の顔を見た時、私はまず彼女の変貌に驚いた。一瞬遅れて、彼女がまるで変っていないことに改めて驚いた。そうして、私は、小学生の彼女が超ダサ子だったわけを理解したの。
 真理子は、子どもの頃から、鼻筋が通っていて、頬には丸みがなくて、口元は凛と引き締まってた。全体的にシャープな印象が強くて――つまり、真理子は子どもの頃から美人だったのね。だから、可愛らしさが正義の年頃には“可愛くない子”に見えてたんだ。
 着任した真理子は、うちの支社内で、女性では一人だけの役付き。仕事はできるし、誰に対しても臆することなく自分の意見を口にする。ジェンダーレスの考えが浸透してる都会ならともかく、こんな地方都市では鼻につくキャラのはずなんだけど、真理子は、経営職から現業職まで、男性社員には受けがよかった。逆に、女性社員には受けが悪い。
 単に仕事のできる美人ってだけなら、さほど反発を買うこともなかっただろうけど、真理子には同性には快く受け入れ難い癖があったのよね。
 つまり、やたらと鏡を見る癖。
 オフィスの机の上に鏡。最上段の抽斗の中にも鏡。着任一日目から、洗面所で鏡の中の自分に話しかけているのを見たっていう目撃証言まで出てきた。
 自惚れ屋は嫌われるよね。美人を鼻にかけてるナルシスト。私だって嫌いだ。
 真理子と直接やり取りしたことのない女性社員たちにさえ、真理子はよく思われなかった。
「きっと、暇さえあれば、『鏡よ鏡。世界でいちばん美しいのはだあれ?』なんて訊いてるのよ。白雪姫の継母みたいに」
 そんなふうに、支社の女性陣は皆、真理子の鏡好きに呆れてた。
 私は、真理子に元同級生と気付かれたくないから、彼女を避けるのに毎日必死。同じ支社勤めといっても、席のあるフロアが違うから、何とか接触せずに済んでたんだけど。

 でも、そんな私の苦労も空しく、真理子の着任からひと月後、私の存在は真理子に知られることになった。
 真理子が、兄さんの婚約者として、我が家に挨拶に来たせいで。
 兄さんは、私や真理子より三学年上。小学校は三年間は同じ学校に通ってたけど、中学は入れ違い。高校も入れ違い、そもそも男子校。大学は県内の国立大学で、地元を離れなかった。だから、兄さんと東京に出た真理子との間には接点なんかなかったはずなのに。

1 2 3 4