小説

『鏡に映るもの』川瀬えいみ(『松山鏡』(新潟県松之山))

 兄さんの話によると、二人の出会いは五年前。兄さんが支社の課長に昇進したのと同じタイミングで、真理子も本社係長に昇進。その時、東京本社で開催された新任マネージャー研修で一緒になったんだって。うちの会社、本社係長と支社課長が同待遇だからね。
 兄さんは、同郷の三歳年下の女の子が本社で頑張ってることに、いたく感動したんだって。そんなん、知るか。

 両親は、真理子が気に入ったみたいだった。特に地銀勤めの父さんは、美人で有能な上に、息子と同等に稼ぐ婚約者の経済力にご満悦。式はできるだけ早い方がいいとか、上機嫌で言ってた。
 私は、和気藹々の家族の前では何も言わずにいた。最初に下の名を名乗っただけ。同じオフィスで働いてることさえ黙ってた。迂闊に口を開いて、同級生だったことに気付かれたくなかったもん。
 だから、私が二人の結婚に反対の意を表明したのは、真理子が帰ってから。それも両親の前では言えなくて、兄さんの部屋に行って、兄さんにだけ言った。
「私は、やめといた方がいいと思うな。あの人、会社の男性陣にちやほやされて、いい気になってる。いつか浮気されるよ」
「里美。おまえ、すごいことを心配するんだな」
「男の人は気付かなそうだから、忠告してあげてんの」
「真理子は、いい気になってなんかいないよ」
「なってないわけないでしょ。あんな美人が!」
「褒めてるんだか、貶してるんだか……」
 兄さんは私の悪口(?)に苦笑して――暫時ためらったあと、意を決したように口を開いた。
「真理子の家は父子家庭なんだ」
「そ……そうなの?」
「ああ。真理子のお母さんは、真理子が小学校に入学する前に亡くなっている」
 同級生の家庭の事情。漏れ聞こえてきてもいいようなものなのに、私は、そんな話、誰からも聞いたことがなかった。
「真理子のお父さんは、僕の高校の恩師なんだ。先日、挨拶に行ってきた」
 その時、真理子のお父さんは、教え子との再会を喜びながら、思い出話をしてくれたんだって。
「母がいない分も気遣っているつもりだったんだが、全く行き届いていなかったことに、小学校の卒業式で気付いたんだ。周りの女の子たちが皆、明るい色の服を着て、髪にはリボンやアクセサリーをつけ、華やかに輝いているのに、うちの真理子だけが黒と白と紺色の葬式仕様。あの時は本当に愕然とした」
 って。
 中学は制服だったから、明るい色の服を着せてやることはできず、その後の真理子は、勉強三昧、仕事三昧。
「こんな娘を選んでくれて、ありがとう」
 そう言って、真理子のお父さんは、兄さんに深々と頭を下げたんだそうだ。
 真理子のダサさにそんな事情があったなんて、私は全然知らなかった。真理子を見下していたかつての自分を思い出して、私はさすがに気が咎めた。
 とはいえ、それとこれとは話が別。

1 2 3 4