小説

『あずかった夢』ウダ・タマキ(『ひらいたひらいた』)

「治るかな」
「今は医療も進歩してるだろうからな」
「それならいいけど」
「翔太さぁ、父さんが病気で、さらに俺に怪我させてしまって心がボロボロかもしれないけど、ちゃんと学校行けよ」
「でも・・・・・・」
「いや、俺のこともあってヘコまれてると思うと、逆に気が重くなるわ。お前の父さんも一緒だと思うぞ」
「けど・・・・・・」
「でもとか、けどとかいいからさ。翔太がウジウジしたら、俺たちが良くなるってのか?」
 膝の上に置いた拳を握り項垂れる翔太を見て、ちょっと言い過ぎたかなと反省しながら俺は思った。

 どの口が言ってんだか-

「あのぉ」
「ん?」
「お願い聞いてくれる?」
「お願い? 別にいいけど」

 前言撤回。俺は翔太のお願いを頑なに拒んだ。
「絶対に嫌だって。てか、俺には無理だわ」
 まるで駄々っ子のように。
 しかし、翔太は意外にも推しが強く、さらにずる賢く交換条件を提示した。
「じゃあ、学校行かない」
 いやいや、お前が完全な不登校になろうと知ったこっちゃないと思ったが、自分が父親を亡くしたときの気持ちを思い出すと、放っておけない気がした。翔太にとっては、こんな俺にすら希望を見出しているのだから。
「分かった。じゃあ、お前がちゃんと学校に行って、父さんに明るい顔を見せるなら考えてやるよ」
「ホント? ありがとう!」
 やっと翔太が笑顔を見せた。翔太が笑ったことも嬉しかったが、俺が人を笑顔にできたことが嬉しかった。

 それからのリハビリは作業ではなく、目標を達成するためのプロセスとなった。俺の体には全身複数箇所にボルトや金属が入り、いくつもの傷は残るが、まぁサイボーグみたいでカッコいいじゃないか。

 色づき始めた木々を見上げ、俺は翔太がやって来るのを待っていた。
 いい風が吹き抜けた。乾いた爽やかな風だった。季節を感じることなんて、これまでの俺の人生にあっただろうか。
「にぃちゃん!」
 一人っ子の俺がそんな呼ばれ方をするのは妙にこそばゆいが、笑顔で手を振る翔太が愛おしく思えた。
 翔太はその体には大きすぎる自転車から降りると、ハンドルを俺によこした。
「お願いね」
 強い目をしていた。初めて会った情けない翔太とは違う。俺も負けじと胸を張った。
「あぁ任しとけ。退院してからはジムで鍛えてるから余裕だぜ」
「いっぱい写真送ってよ」
「ちゃんと父さんにも見せるんだぞ」
「もちろん。僕も父さんも、きっと頑張れる」
「よしっ」
 俺は自転車にまたがり「行ってくるわ」と翔太に告げ、ハイタッチを交わした。「パン」と乾いた音は、高く青い空まで届いた気がした。

 俺は翔太の父さんの夢を少しの間だけ預かった。きっと闘病を乗り越えた翔太の父さんも、いつか夢を叶えられるはず。
 俺は見たことないたくさんの景色と出会うだろう。そう考えるだけで胸が高鳴る。今の俺は久しく感じることがなかった希望に満ち溢れていた。
 
 
 つぅぼんだぁとおもったぁら、いぃつのまぁにかひぃらいた

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