小説

『あずかった夢』ウダ・タマキ(『ひらいたひらいた』)

 いくら頑張ったところで人は死ぬ。俺はいつか執行されるときを待つ死刑囚に過ぎず、努力など意味をなさないのだと。
 それが言い訳なのは自覚していた。職を転々とする自分を正当化したかった。
 
 病室のベッドで横たわる俺を母ちゃんが覗き込む。
「とにかく、まずはリハビリ頑張って歩けるようにならんとね」
「あぁ、分かったよ」
 母ちゃんの言葉にそう応じたが、意欲は伴っていなかった。母ちゃんの目を見るふりして、その頭頂部にちらほら見える白髪の数をかぞえていた。

 作業的にリハビリをする日々に虚しさを覚え、病室の窓から新緑に覆われる木々を眺めて季節の移ろいを感じる。いよいよ世界から取り残されてしまう気はするが、追い付こうとも踏み止まろうともする意欲はどうも起こらない。
「田端さん、面会ですよ」
 カーテン越しに聞こえる看護師の声に視線を上げると、カーテンが静かに細く開いた。
「起きてたんですね。面会、大丈夫ですか?」
「どうぞ」
 俺の「どうぞ」を看護師が隣にいる人物へとそのまま流す。 
 現れたのは見覚えのある少年と、その母親と思しき女性だった。
 少年は俯き加減で眉を下げ、母親はただただ申し訳なさそうに緊張した顔をしている。
「あぁ、あのときの」
「この度は申し訳ございませんでした。息子が目を離したばかりに」
 母親の言葉に続き少年がぺこりと頭を下げると、母親は彼の頭をグッと抑えた。
「ほら、もっと頭下げてちゃんと謝りなさい」
「ごめんなさい」
 どうにか絞り出されたまだ声変わりしていない声。少年がふて腐れた態度だったら俺は腹を立てただろうが、彼が深く気落ちしているのは明らかだった。
「気にしなくていいですよ。俺が勝手に追っかけただけだから。それより自転車は?」
「それが事故の音に驚いた犯人が転倒して・・・・・・無事に返ってきました」
 口ごもる母親。なるほど、俺の怪我と引き換えに自転車が無事とあっては、さすがに手放しで喜べやしないか。
「そっか。良かったね」

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