小説

『あずかった夢』ウダ・タマキ(『ひらいたひらいた』)

 俺は少年に声をかけたつもりだったが、彼は相変わらず視線を上げようとはしなかった。
 情けない奴だなぁと、二十七にして尚、人生が定まらない俺が思う矛盾。 
 
 情けないのはテメェだろ-

「仕事にも支障をきたすでしょうし・・・・・・本当になんと申し上げたら良いのか・・・・・・」
「大丈夫ですから、ホント」
 支障どころか悲しいかな無職ですし、なんだったら、最近はひょっとして保険金が入るんじゃないかって期待してるくらいですから。なんてことは言えやしない。
「また、時々面会に来てもいいでしょうか?」
「ええ。どうせ退屈してますから」
「ありがとうございます。何もできませんが、せめてお見舞いだけでも。ほら、翔太。頭下げて」
 再び母親に頭を押され、少年が小声で発した「さよなら」の一言。
「さよなら」
 俺は二人を見送りながら、きっと、これが最後の挨拶になるだろうと思った。顔を合わせて謝罪をし、無事を確認すれば所詮は赤の他人。俺としてもそう何度も面会に来られても話すことがない。
 
 しかし、そうじゃなかった。
 なぜか少年は次の日もやって来た。それも一人で。
 なのに、面会に来たはいいが昨日と同じ調子で喋らない。
「どうした? 大丈夫か?」
 と、見舞ってもらうはずの俺が気遣ったりして。
「大丈夫」
 少年の発した言葉は、口の中からどうにか漏れ出したような声だった。
 少年は俺の質問にイエスかノーで答える程度ではあったが、帰る間際に「また、明日来ていい?」なんて言うから「おー」と、つい嬉しそうに返した。
 少年の面会は律儀に毎日続いた。徐々に心を開くようになり、俺は少年のことを「翔太」と呼ぶようになった。が、翔太が笑うところは一週間経っても見たことがない。

「あの自転車、父さんのなんだ。いつか日本縦断するって言ってたけど・・・・・・ムリっぽい」
 ある日、翔太は独り言のように発した。
「父さんは?」
「入院してる」
「じゃあ、俺の面会なんかより父さんの病院に行けよ」
「たまに行くから大丈夫」
 翔太が平日に制服姿でやって来るのを見て納得した。学校をサボってしょっちゅう面会なんて行けるはずがない。

 翔太の話を聞き、彼が俺と似た境遇にあることを知った。
「癌なんだ、父さん」
「そっか。俺の父ちゃんも癌だったんだ。俺が小さいときに死んじゃったけどな」
 翔太にとっては良くない情報に違いなかったが、それでもまるで同志を見つけたかのように目を丸くして「そうなの?」と、初めて感情を表出した。
「あぁ、そうだ」

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