小説

『シコメとネグセ』永佑輔(『八百屋お七』井原西鶴『破戒』島崎藤村)

 こんな趣旨のテレビ番組がある。
 番組序盤、複数人の男女が歓談する。番組終盤、男たちが横一列に並ぶ。対面に女たちが横一列に並ぶ。ファーストペンギンとなる男がお目当ての女の前に立ち、「付き合ってください」とアタック。彼女を気に入っている別の男が「ちょっと待った!」と割って入る。女は「お願いします」と受け入れるか、「ごめんなさい」と拒むか。
 ここで問題が。
 男女は同人数。選択権は男にしかない。女は選ばれるだけ。一人の女に対して複数の男がアタックした場合、必ずアッタクされない女の存在が生じるわけだ。が、番組の性質上、アタックされなかった女の存在はかなかったことにされる。

 井原節子――はチヤホヤされて欲しいと願う両親のせいで、昭和の大女優の名を賜ってしまった。親の願いなんて儚いもので、節子は幼稚園の頃から 男に不自由しっぱなし。初めて「あれ?」と思ったのは、同じ組の男の子がみんなに配った飴玉、それを節子だけ貰えなかったとき。
 小学生はもっとあからさま。ポリコレ知らずの男子たちから人間の尊厳を踏みにじられ続けた。女子たちは「よしなよー」と止めてくれたけれど、あの記憶は頭にこびりついて離れない。
 猛勉強して中高一貫の女子校に入った。それもこれも男の目を避けるため。そこで出会った遠藤千奈美の愛嬌と不躾に触れて、初めて学校が楽しいと思えた。
 大学生になると攻撃的男子はなりをひそめたものの、恋人ができないという消極的攻撃が待っていた。そんな折、千奈美の誘いに乗ってうっかり忌まわしき番組に出演してしまったのが間違い。十七年前の節子は誰からもアタックされなかった。
「アタックされなかったことは口外するな」
 両親に釘を刺されたが、そんなこと口外するわけがない。ちなみに千奈美はちゃっかり彼氏をゲットした。
 節子は業界第十六位の広告代理店に入社。営業を希望していたものの、就いたのは総務。あとになって営業は会社の顔と知った。会社の顔には不向きらしい。
 三十七歳、恋人いない歴イコール年齢。結婚はもちろん恋人を作ることも諦めた。恋愛小説も恋愛漫画も恋愛映画も、すれ違うカップルも千奈美のコイバナも野良猫の交尾も、架空の出来事と捉えれば嫉妬もしない。ファンタジーとして受け入れれば娯楽がひとつ増えたようなもの。と、飼っているニャンコ相手に強がる。

オフィスのPCでニャンコの餌を購入している節子の元に、千奈美が現れる。
「ウチの部署、インフルで全滅。私も今から早退」
「うつさないで」
節子は身構えた。
千奈美は円筒のポスターケースを差し出して、
「これ、届けて」
 赤の入ったポスターをデザイナーに届けるだけ。造作ないけれど、節子は面倒くさいと思って断る理由を探す。ところが年下の上司が「行ってらっしゃい」と言ったので、届けるハメになった。

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