小説

『おじょもが通る』森本航(『おじょも伝説』(香川県))

 私は、その人を常に「おじょも」と呼んでいた。
 ――というのは小学生の頃までの話で、だから高校の入学式、同じクラスになった彼に「あ、おじょもやん」と声をかけると、露骨に怪訝な顔をされた。呆れたようなため息のオマケつきで。
「そんな呼び方しよるやつや、もうおらんで。なんや水原、同じクラス?」
 かつては彼も私のことを「ひーちゃん」などと呼んでいたものだが、それも遠い昔の話。というか、この歳になって男子にそんな呼ばれ方をするのは恥ずかしいからやめてほしい。まぁ、彼が「おじょも」と呼ばれて微妙な顔をしたのも同じ理由だろう。

「おじょも」とは、私たちの地域に伝わる伝説上の巨人だ。伝説によれば、おじょもは瀬戸内の島々を跨いで香川県にやってきたという。上陸の時躓いた拍子に、担いでいたかごから土がこぼれて二つの山となり、その後、残った土でおじょもが丁寧に作った山が、今では「讃岐富士」とも呼ばれる飯野山。そして、一段落ついたおじょもは、飯野山ともう一つ別の山に足をかけて小便をし、それが今でもこの地域の真ん中を流れる大きな河となった……。
 凄いんだか何なんだかわからない話だ。何といっても最後のくだりがキタナイ。
 一応、飯野山頂上付近の岩盤にある足跡のような窪みが、「おじょもの足跡」として残っているのだが、話のわりにはだいぶ小さい。

 そんな「おじょも」のあだ名の通り、目の前の彼は見上げるほど身長が高い。が、このあだ名がついた頃は、彼はそんなに大きくなかった。そう呼ばれるようになったのは、彼が自己紹介で「尾白智樹」という名前をボソボソと名乗ったところ、正確に聞き取れなかった誰かが「え、おじょも?」と聞き返したことが発端だ。
 小学校は六年間ずっと一クラスだったが、そこから、中学に上がると一気に人数が増え、尾白君とは一度も同じクラスになることはなかった。そうなると会話のタイミングはほとんどない。周囲も彼を子供じみたあだ名で呼ぶことに恥ずかしさを覚えはじめたようで、どんどん伸びる身長とは反対に、彼は「おじょも」とは呼ばれなくなっていった。

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