小説

『おじょもが通る』森本航(『おじょも伝説』(香川県))

 ステージは早くも照明をつけ始めている。スピーカから大きな音楽が流れているが、遠くて何が行われているかはよく見えない。
 さて、これからどうやって時間をつぶそうかな、とスマホに目を落として考えていると、不意に「なぁ、そこの嬢ちゃん」と声をかけられた。
 顔を上げると、男が二人、立っていた。背の低い方はわたしと同じくらい、背の高い方は、高いと言ってもクラスの男子の平均よりちょっと高いぐらいか。くたびれたTシャツとズボンを身に着けている。おじいさん、というには若いが、おじさん、というには若くない、ように見える。
「はい?」めんどくさそうだ、という気持ちを抑え、道とかを聞かれるだけかもしれないと自分に言い聞かせながら返事をする。めんどくさいが八割。
「お嬢ちゃん一人?」「誰か待ちよんの?」
 あ、めんどくさいやつだ。十割。話し方ですぐに分かる。ステージからの逆光で見づらいが、この人たち、顔が赤い。酔ってるな、と思って見れば、二人がそれぞれ手に持っている長いカンは酒だ。多分。
「高校生?」「この辺の学校?」「一人でなんしょんな」「迷子?」
 ニヤニヤしながら言ってくる二人に「いやぁ、はは」と適当に相槌を打ちながら、今の状況を考える。周囲に人はいない。声はステージの音でかき消される。後ろは生垣。相手は二人。駆けだして逃げるのは難しいか?
「ワシらと行こうや。なんでもおごったるで」
 背の高い方がそう言って、こちらに手を伸ばしてきたので、反射的に手でそれを払った。
 瞬間、今までニヤついていた二人の表情がスッと真顔になった。
「おい、ワシゃ、なんもしとらんが」声も、一気に冷たいものになる。
「え、いや」周囲の気温が下がったように感じた。
「それがなんじゃ、その態度は」
 話は通じなさそうだ。さっきより酔いが回ってきたのかもしれない。
 どうしよう。
 と思っていると、
「あの」と男たちの後ろから声がした。男たちが声の方を振り返る。
 おじょもが立っていた。もちろん、伝説の巨人ではない。尾白智樹その人である。
 が、逆光の中の彼のシルエットは、異様な存在感を放って見えた。

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