小説

『おじょもが通る』森本航(『おじょも伝説』(香川県))

 二人の男も、一瞬たじろいだように見えたが、背の低い方が、
「なんや、君?」と警戒心をあらわに尋ねる。
「ええと、通りかかっただけですけど」尾白君はいつものゆったりとした調子で答える。
「ほんなら、どっか行き」
 ともう一人が言う。しかし、尾白君は動かない。高い目線から、男たちをじっと見つめている。
「聞こえんかったんか? 早よ去んだほうがええで」
 影は動かない。
「何なんや、お前」背の低い方が苛立たしげに言う。
「立ってるだけです」尾白君は相変わらず、落ち着いたペースでそう答える。答えた後、陰になった表情が、少し笑ったように見えた。男二人もそれが目に入ったのか、小さく息を呑んだ。
 そんな二人の様子を眺めて、尾白君がさらに口を開く。
「立ってるだけの方が、よくないですか?」声のトーンは変わらない。
「何を言いよんじゃ」
「ションベン、漏れそうなんですよね」
「は?」男のどちらかが声を上げた。私の頭にもハテナが浮かぶ。彼はいったい何を言い出したのか。その落ち着いた口調で。
「なんや、ビビりよんか」背の高い方が、こわばった顔を何とか歪めて、笑い顔を作って言う。対する尾白君の表情は変わらない。
「ションベンしましょうか。オジサンらの顔踏んづけて。ちょうど二人やし」
「何を」と言う声を遮って、
「大きな川が出来ますよ。一級河川です」
 種を植えたら芽が出て花が咲きますよ、と子供に教えるように淡々と話す彼を、男二人はいよいよ怪訝な、というより奇妙なものを見る表情で見つめていた。
「何が言いたいんじゃ」と男は繰り返すが、尾白君はやっぱり淡々と、
「だから、俺、立ってるだけの方がよくないですか。足跡、残っちゃうし」
 言って、一歩こちらに足を踏み出す。それだけなのに、彼のシルエットが一段と大きくなったように感じられた。男二人はそろって「うっ」と息をつめた後、
「何なんや、気色悪い」と捨て台詞を吐いて、去っていった。逃げるように。というか、逃げていった。その背中が見えなくなるまで眺めてから、尾白君はわたしの方に向き直り、
「大丈夫やったか?」と言った。
「うん、ありがとう。助かった。でも、なんで?」
「たまたま通りかかっただけや」
「いや、そっちじゃなくて」
「そっち以外にあるんか」
 首を傾げている。男たちに向けた発言は、もしかして彼にとっては自然な話だったのだろうか。

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